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終わりよければ

社会人(先輩)×社会人(後輩)


いきなり海外転勤が決まった早蕨。片思いの相手に何もせずに行くのは嫌だと、チャージをかけたけど……。「間違えた彼」の早蕨さん視点です。先に「間違えた彼」を読んでおくのをオススメします。

「ほら急げ、もえぎ」

「うう~、待ってくださ-い! 私と早蕨さわらびさんじゃ足の長さが違うんですよ!」


 華奢な彼女の手を引き大股に急いでいたオレは、もえぎの言葉にピタリと足を止めた。途端に彼女が背中にぶつかってくる。


「ぶふっ! 早蕨さん、いきなり止まったからぶつかっちゃったじゃないですか!」


 ちまい鼻をオレの背にぶつけたのか、そこに手をやり涙目で訴えてくるけど。


「もえぎが待てと言ったから待ったんだけど? てゆーか、もえぎ?」


 にこーっと、オレ的には最上級の微笑みを彼女に向ける。

 そこらにいる女はポーッと見惚れてくれる微笑み。

 オレを知る友達からは嘘くせーと言われる微笑みを。

 しかし、そんなオレの笑みを正確に理解して引きつるのは、もえぎ。


「は、はいっ!」


 びくっと肩を飛び跳ねさせて勢いよく返事するのはいいけどさ。


「オレの名前は?」

「早蕨翡翠(ひすい)さん」

「で。お前の名前は?」

「…………早蕨もえぎデス」

「よくできました。じゃ、さっきの呼び方、間違えてるよな?」

「……ハイ」


 真っ赤になってぷうっと口を尖らせるもえぎ。かわいいけど、ちゃんと慣れてもらわなくちゃな。

 またもえぎの手を引き、歩きはじめる。


「ほら、さっさとしねーと飛行機飛んじまうぞ」

「きゃー! それはダメです急ぎます!」


 慌てて小走りになるもえぎに、今度は逆に引っ張られながら、オレたちは乗り込む予定の出発ゲートに急いだ。




「は? ニューヨーク、ですか」


 上司のデスクに呼ばれたかと思うと、いきなり告げられたのは転勤話。しかもニューヨークって。

 オレはこの会社の花形部署である営業部・営業一課に所属しているから、いつかは来る話なんだけどな。何故営業一課だからかっていうと、主な仕事が海外事業であり、世界を股にかけているから。すっげー忙しいけど、遣り甲斐ありまくり。所属しているメンツはどれもいわゆる『エリート』と呼ばれる人種だから、そんなやつらが遣り甲斐見つけて稼ぎまくってみろ、会社の収入におけるうちの部署の比率はおのずと判るだろう。まあ、それゆえ花形部署と呼ばれるんだけどな。

 オレは北米を担当していた。


「そうだ。少し前から向こうの駐在が体調崩してたろ」

「はい」

「ちょっと長引きそうだということで、交代させることにしたんだよ。慣れない向こうで療養するより、日本こっちでゆっくりする方が治りも早いだろうからな」

「ええ、まあ」

「とゆーわけでだ。急で申し訳ないが、早蕨、お前行って来い」

「はい」

「いや、助かった。急だから家族持ちには言い辛くてな。その点早蕨なら独身だし、しかも優秀だからさー。ちょっと予定が早まっただけと思ってくれ」


 オレが是と答えると、上司はほっとした様に目を細めた。そりゃ独身だけどさ、独身だからってフットワーク軽いと思われても困る。こっちにもいろいろ事情があるっつーの。

 しかし仕事は仕事。プライベートは挟まないし、挟めない。

 それから淡々と説明を受けて、オレは自分のデスクに戻った。


 海外駐在は悪い話ではない。むしろ出世するコースなんだが、オレとしてはもう少しこっちで経験積んでから向こうに行かせてもらうつもりだった。

 早くて二年、長ければ五年くらいは駐在するんじゃないかな。


 ということは……。


「早蕨~。いきなり転勤かぁ」


 隣のデスクの柏木がこそっと話しかけてきた。


「聞いてたのかよ」

「いや、聞こえただけだし」

「まあいいけどな。そうだよ、ニューヨークだってさ」

「うお~! ニューヨークへ行きたいか~! って、言ってみてえ」

「言っとけ。ついでに行っとけオレの代わりに」

「あ、それは無理。オレ、アジア担当!」

「へいへい。行くのはいいんだけどな~。心残りがな~」

「あ~。もえぎちゃんね」

「柏木。もえぎちゃんの名前は若菜さんだ。知らねーのか?」

「知ってるよ」

「よく知らない奴から『もえぎちゃん』とかいきなり名前呼びされたら気持ち悪いよな?」

「はい?」

「若菜さんて呼ぼうな。柏木?」

「はい」


 馴れ馴れしく呼ぶな。減る。オレが絶対零度の視線で柏木を見ると、ヤツは肩をすくめた。

 とまあ、それはどうでもいいことだけど、そう。オレの心残りは営業三課の事務の若菜もえぎだ。


 一年と少々、オレは彼女に片思いしている。




 アーモンド形のくりっとした瞳が印象的な、可愛らしい女の子だ。

 ちまっとしていて、いつでもニコニコしている彼女は癒し系で可愛い。何をしても可愛い。ヤバ。オレ溺愛モード。

 彼女は三課付きの事務だけど、忙しくて狂いそうな時にはうちの課にヘルプとして派遣されてくる。というか、うちの事務の関屋せきやに拉致られてくる。

 入社して半年経った頃から使えるようになったのか、うちに手伝いに来るようになった。

 こうやって言うと三課が暇なように聞こえるが、そんなことは決してない。むしろもえぎの仕事がてきぱきしているから、自分の仕事を終えた上で他の仕事を手伝えるのだ。

 見た目はふわっとした優しい感じだが、意外と竹を割ったような性格をしている。そのギャップに思わず「若菜さんて、さばさばしてるよね?」と聞けば「あ~、私兄がいるせいか、男っぽいってよく言われます」とはにかみながら教えてくれたっけ。

 見た目は癒し系なのに性格はサバサバしてる。仕事も早くて正確。イケメンやエリートに色目を使うことなくアプローチも華麗にスルーのマイペース。


 オレが彼女に堕ちるのに、時間はかからなかった。


 彼女を意識しだした途端、ワラワラとライバルたちが目に入るようになった。もえぎの魅力を知ってるやつが予想外にたくさんいることに愕然とする。

 オレは部署が違う上に海外出張なんかも多く、会社を不在にしていることが多い。社内にいればオレ自身でライバルどもをブロックできるが、そうもいかないのが現実。

 そこで考え出したのが。


総角あげまき横笛よこぶえ。お前らをガードに任命する」


 ちょうどもえぎの席の前と横が、オレの同期と後輩だった。

 もえぎに対して恋愛感情はなく、妹のようだと可愛がっている二人だ。そのまま兄役に徹してもらおう。


「なんだとー」

「なんでですかー」


 二人揃って文句を言うが、


「お前らの可愛い後輩の若菜さんが、いい加減な男の毒牙にかかってもいいのか? よくないよな? ガードをしっかりしてもらう代わり、いい女がいたら紹介する! オレの妹が○○(某有名アパレルメーカー)に、従姉妹が△△(某航空会社)にいるんだけど……」


「「よろこんでー!!」」


 ちらちらと餌をちらつかせたら、あっさりと釣られた。こいつらの買収、ちょろすぎる。


「早蕨が一番危ないかも知れんということは、この際目をつぶろう」


 んだよ総角。んなわけねーだろ。


 オレがいない時も、これで安心だ。

 しかし、さすがはもえぎというか。オレのアプローチも華麗にスルーしてくれる。嫌われてはいないのが救いだけど、爽やかで優しいお兄さんてポジションは要らねーの。




 内密の辞令が出たことで、オレは勝負に出ることにした。


 絶対もえぎをニューヨークに連れて行く。


 嫁さんじゃなければ婚約者でもいい。とりあえず心残りなことはしたくない。

 オレはがっつり捕食者モードになった。




 まずは王道に食事に誘おう。なんて言って誘う? 二人きりだと来にくいかなと思って、営業で飲み会がある時に「よかったら一緒にどう?」ってさり気なく誘ったこと数知れず。しかしその度になんだかんだと用事が重なって撃沈。珍しくもえぎが参加しているという時に限って、オレは出張で不在とか。タイミング悪すぎ。

 もう遠慮とかしてられねーから、ここはなんとしてでもこじつけて誘うことにしよう。やっぱ仕事をお願いして、そのお礼っていうのが自然だよな? でも一課付きのれっきとした事務がいるしなぁ。

 そう思いながら手元のCD-ROMをいじりつつ、うちの事務である関屋を見れば、何だか顔色が悪い。


「あれー? 関屋さん顔色悪いけどどうしたの?」


 いつもは定時を過ぎても文句ひとつ言わずにバリバリ働いている彼女が、定時少し前だというのに帰り支度をしていた。


「さっきから悪寒がして、頭が痛いんですよ。課長に言ったら即帰れって言ってくださったんで、今日は早めに失礼しますね」


 ということだった。


「そっかー。気を付けてな」

「はい。急ぎの資料とかがあったらごめんなさい」


 オレの手元を見て、申し訳なさそうに関屋が言う。


「いいっていいって。自分で何とかするよ」

「ほんと、すみません。では失礼します」

「「「お大事にー」」」


 オレ以外のところからも声がかかる。関屋は申し訳なさそうにしながらも早退していった。

 

 さて。


 オレの手元には資料にしてほしいデーターがある。結構急ぎでほしい。関屋にお願いするつもりだったものだ。しかしオレはこれからアポがあり、外出しなくてはいけない。関屋が帰った今、これは手すきの事務に頼んでも文句は言われまい。しれっと隣の二課の事務の子を見れば、何か急ぎの仕事をしているのかすごい勢いでPCのキーボードを叩いている。よし、忙しそうだ。そしておもむろにもえぎの方を見れば、今日の業務は終えたのか、デスク周りを片付け始めているのが確認できた。


 これってチャンスじゃね?


 そう思ったオレは、さっそく行動に移す。

 参考資料と、データーの入ったCD-ROMを手に椅子から立ち上がる。なんて言って食事に誘おう? 「手伝ってくれたお礼」っていうのが一番自然かな。「残業代に~」っていうのもありだよな。

 オレの心は、もはやもえぎをどうやって食事に誘うかのシミュレートでいっぱいだった。


 だから。


「お~、早蕨! これ餞別だ、ありがたく受け取れ! ニューヨークにも持って行けよ!」

「お~。さんきゅ」


 ニヤニヤした柏木が、資料データの入ったCD-ROMと似たようなDVDを、オレの手元にポンッと寄越したことにもうわの空で返事をしていた。同じようなROMが、資料の上で二枚重なっていることに、オレは気付きもしなかっのだった。


 だから出先から「どうやってもえぎを誘おうか~」とルンルンしながら帰ってきたところで、やけにおかんむりなもえぎに指摘された時はマジで真っ白になってしまった。

 

 害虫駆除もし、アプローチも頑張ってきたオレの努力が水の泡……。

 

 しかしここでめげていては、もえぎとニューヨークに行けない! 

 頑張れ、オレ!

 ピンチはチャンスに変えろ!


 というわけで頑張りに頑張ったオレ。




「かーしーわーぎー。どうしてくれる? オレがせっかくいろいろシミュレートしたのによ?」

「わ、悪かったってば! ほら、慰謝料、慰謝料やるから勘弁しろ!」


 そう言って得意先からもらったというディナーチケットを寄越す柏木。見れば最近オープンしたての話題のイタリアンレストランだったので、


「よし。これはいただいた」

「せっかく涼子と行こうと思ってたのに……」


 さっさと柏木の手からもぎ取り、スキップしそうな勢いでもえぎのところに向かう。柏木のつぶやきは無視だ無視。




「柏木くんから聞いたわ。この人ったら、ほんと、ごめんねぇ? もえぎちゃん、いやな思いしてない?」


 そう言ってもえぎを気遣ってくるのは、柏木の彼女であり、オレの同期でもある三宮涼子。じろりと横目で睨まれて、柏木は小さくなっている。


「おかんむりだったけど、自分の兄貴ので免疫はあるらしいし、中身見てないから大丈夫だって」

「ならよかったけど。早蕨くんのアプローチも台無しよね? これ、お詫び」


 片思い中のオレの目の前で仲睦まじげなのを見せつけられるとか、せつないわー。まあそんな胸の内は隠しながら、オレが苦笑いして答えると、三宮は可愛らしくラッピングされた箱をオレに手渡してくる。行列ができていてなかなか手に入りにくいというパティスリーの菓子折りのようだ。


「それ、オレが並んだんですけど?」


 ぼそっとこぼされた柏木のつぶやきは無視だ無視。




 転勤まであと少しと迫ってきたクリスマス。

 オレは給料三か月分の指輪をカバンに忍ばせて、もえぎをディナーに誘う。もちろんもえぎの指のサイズも、好きなジュエリーブランドもばっちりリサーチ済み。


 そして……。




 なんとか転勤までに間に合った。

 もえぎも転勤扱いにしてもらって、向こうで事務をすることになっている。こちらの引継ぎがバタバタしたのは申し訳ないが。


「入籍だけして、式は向こうで挙げような」

「はい! 翡翠さん!」


 終わりよければすべてよし、かな。あ、これが終わりじゃなくて始まりか!


今日もありがとうございました(*^-^*)

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