Summer splash!
高校生 × 高校生
高校最後の夏休み。菜々美は学校で同じクラスの川島くんと出会った。ただ同じクラスというだけのあまり接点のない菜々美と川嶋。彼との会話は初めてに等しくて……爽やか系を目指したお話です。
ジリジリ……と蝉の声がうるさい。蝉時雨どころか蝉シャワーだ。
つーっと首筋を伝う汗を、せめてもの涼がわりにと濡らしたハンカチでぬぐう。
――暑い。
冷房のついていない教室は地獄で(エコなのか節電なのかケチなのか、果たして私は知らないけど)、窓は全開しているけど入ってくる風は熱風。
夏休みに入ってすぐに始まったせっかくの補講なのに、全然頭に入ってこない。
別に成績が悪くて呼び出し食らってるのではなくて、学校が主催している、誰でも受けられる特別補講。毎年受験生向けに開講してくれているもので、無料だし、学校だから気兼ねなく受けられるのが魅力で、例年、3年生の半分くらいは希望して受講しているらしい。
その証拠に、だれもこの暑さにだれることなく真剣に授業を受けている。
カツカツ、と先生が黒板に板書する音と、カリカリ、とシャーペンを動かす音だけが今この教室を支配していた。
しかし、その、ある意味静寂は、
ピッ! ザッパーーーン!!
という、校舎の外からの音によって時折破られる。
「それからこの式は――」
外の音など何もなかったように先生は板書を終え、振り返り、また次の問題を説明していく。
私はちょうど窓際の席。音の正体などとっくに知っているけれど、やっぱり気になって視線をやる。
水泳部。
補講が行われている校舎のすぐ横にプールがあり、水泳部が練習している様子が見えるのだ。
真夏の光にキラキラと反射する水面。
マネージャーの笛の合図と同時に飛び込む部員たち。今中心になって練習しているのは、2年生だろう。みんなすでに真っ黒に日焼けしている。
なんとなく眩しくて、微笑み、また視線を黒板へと戻した。
「暑かったね~。明日はもっと暑さ対策してこなくちゃだね」
補講は午前中のみで終了。一緒に参加している友達の沙羅と靴箱へ向かう。沙羅は、持参した団扇をパタパタしながら眉をしかめている。
「ほんとだね。保冷剤とか持ってこようか~」
私は団扇を持ってなかったから、下敷きで涼をとる。二人とも(てゆーか、教室にいたほぼ全員だけど)、ややほっぺが赤い。完全にゆだってる。
「菜々美はまだましよ。窓際だもん。私なんて教室のど真ん中よ? どんだけ暑いか」
「あ~。ほんとね~。熱風とはいえ、無いよかましかぁ。プールの水も見れるしね」
「プールは見るもんじゃなくて入るモノよ!!」
「ん~、でも見てるだけでも涼しいよ~?」
「なわけないでしょ。ああ、プールに入りたくなってきたわ! 今度の休み、プール行こ!!」
「ええ~? 急だわね、沙羅」
「今急に入りたくなったんだもん」
「まあいいけど」
そんな他愛のない会話をしながら靴箱まで行き、そこで彼氏の大津くんと約束しているという沙羅と別れた。
校舎から一歩出ると一瞬くらりとする。
そこは眩しいくらいに光が溢れていて、教室の暗さに慣れた目には痛いくらいだった。
暑いのは暑いが、教室で感じる暑さとはまた種類が異なっているように思われる。
爽やか。
ひとことで表現するならばそんな感じ。
雲一つないスカッ晴れの青空に、風にそよぐ瑞々しい緑の木々。
空気のいい田舎とかじゃないけれど、思わず深呼吸したくなる。
午前中、椅子に座りっぱなしだったのもあって、開放感から息を目一杯、肺に吸い込んだ。
すると。
「何やってんの? 佐保?」
少し上の方から声がかかった。
「?!」
目を閉じて、両手を広げて深呼吸~のポーズだった私は、慌てて目を開けて声の方を仰ぎ見た。
「うわ! 川嶋くん」
そこには、プールのフェンスにもたれかかって私を見下ろしている、同じクラスの川嶋くんが微笑んでいた。
今まで泳いでいたのだろう、雫をぽたぽたと滴らせている。
「おう! 佐保は補講か? こんなあっついのに教室にこもって勉強なんて偉いなぁ」
「まあね。予備校の夏期講習まで日にちが開いたから」
「ふうん」
「川嶋くんは余裕ね? スポーツ推薦でもう決まったんだって?」
「まあ、このまま何もなければ、ね」
「すごいね。うらやましいよ」
川嶋くんは水泳部の元部長で、大学はスポーツ推薦枠で決まっているという噂を聞いた。
同じクラスだけどそんなに親しいわけじゃないし、彼はいつも男友達とつるんでいるから、接点があまりない。
今は私がたまたま通りがかったから声をかけたんだろう。
そんな彼は、甘い系の整った顔立ちをしているし、背もそこそこ高く、さすが水泳をやっているだけあって逆三角形の素晴らしいプロポーション。だからもちろん、女の子から人気が高い。
彼がスポーツ枠で推薦取ったっていう話も、彼のファンの子が言っていたのを小耳に挟んだだけだ。
そんな彼は、今、私を1.5m上から見下ろしながら話しかけている。
3年生になって初めてクラスが一緒になったんだけれど、こんなに(いや、こんだけ?)会話するのも初めてかもしれない。
でも、私たち高校3年生だよね? 部活なんてとっくの昔に(大袈裟!!)引退したよね?
なのになぜ君はここに居る?
「川嶋くん、部活まだやってるの? 受験生とは思えないくらいに焦げてるよ?」
小首を傾げて疑問を呈する。
「いや。へへ、身体が鈍ってきたから混ぜてもらってんの」
照れ笑いなのか、鼻の頭をポリポリと人差し指でかきながら答えてくれた。うん。余裕ですね。余裕のある人の発言ですね。
「そっかぁ。うらやましい話だわ。私も頑張らなくちゃね」
人を羨んでばかりいても仕方ない。自分は自分のできることをやらなければならないから。
身長157センチの私が、小高いところにいる170後半の川嶋くんをを見上げながら話しているのに首が疲れてきたので、
「じゃあ、いっぱい体を動かしてリフレッシュしてね」
そう言って手を振り、その場を去ろうとしたのだけれど、
「あ、待って! オレも上がるから、一緒に帰ろ!」
と引き留められ、否やを言う前に彼は部室の方に駆けて行ってしまった。
「え~?! ……って、もういないし」
ちょい待て、と言おうとして差し伸べた手は空をさまよっただけだった。
同じクラスとはいえほとんど話したこともない彼なんだけど、何だこの流れは。だからと言って勝手に帰ってしまうのも悪いし、かといって共通の話題とかからきしわからないし。
まあ、駅までの辛抱だ。いや、辛抱とか、彼のファンに聞かれたら締められてしまうな。
ぼんやりと雲一つない青空を見上げながら、大人しく彼の登場を待った。
「ごめん、お待たせ!! って、暑かったよなぁ。大丈夫?」
急いで着替えてきたのだろう、川嶋くんの髪はまだ乾きもやらず、雫が滴ったままだ。肩にタオルをひっかけて、制服のシャツはボタンが二つほど外されたままだ。
無駄に爽やかだなぁ。
そう思いながら彼を見ていると、おもむろに私の頬が彼の手で包まれた。
「ひゃっ!! 冷たい!」
包まれた手の冷たさに肩をすくめる。
「気持ちいだろ? てか、顔が赤いからさ。のぼせた? 暑いのにオレが引き留めたからだよね。ごめんな? どっかで冷たいものでも飲もう。あ、昼食った?」
ちょっと心配そうな顔で、それでもにこやかに話してくる。
私は頬が包まれていることに、さらに頬が赤くなるのがわかった。
ふ~ん。川嶋くんはこんな風に女の子に接するんだ。知らなかった。
女の子と話してるのなんて見たことなかったし、意識もしてなかったからだ。
「ううん。別にいいよ。もう帰るところだったし」
「じゃあ何か食べて帰らない? オレもうはらぺっこぺこ」
わざと情けない顔をして、お腹に手をやる彼。彼のその仕草がコミカルで、プッと吹きだしてしまった。
「いいよ。暑いからがっつりは無理だけどね」
「暑くなかったらがっつりイケるの?」
「これでも元テニス部員ですからね」
「そーだったね」
あれ? 川嶋くん私がテニス部だったの知ってたんだ? あーでもラケットでわかるか。毎日持ってたもんね。
そんな会話をしていると、
「せんぱーい、彼女ですかぁ?」
「こんなとこでイチャイチャしないでくださ~い」
「めっちゃ可愛い彼女さんですね~」
と、いつの間にかフェンスのところに水泳部員たちが集まってきていた。
『彼女』というセリフに苦笑していると、
「コラ! お前ら油売ってないでさっさと練習しろ! 明日思いっきりメニュー増やしてやる!!」
川嶋くんは、半目でシッシッと手で追い払いながら後輩を脅してるけど。
『彼女』。否定しておいてよ!! 私あなたのファンから睨まれたくないし!
大事なところを忘れているみたいだ。
駅前のファーストフード店に入る。
暑さでバテ気味の私は、オレンジジュースだけを注文したら「食べないと余計にばてるよ?」とか言ってポテトを口にほりこまれた。やっぱり、どんな流れだ?
「佐保は大学、どこ受けんの?」
「ん~、今のところ本命はK大かな」
「へえ! 一緒だね!」
「あ、そか。ホントだ」
「絶対受かれよ!」
「……努力はしてます」
そうだ、彼の内定校がK大だった。言われてみるまで気にもしてなかったけど。ごめん、川嶋くん。
勉強のみで受けようと思ったら、この辺りの私立ではかなりの上位校だ。
今は当落ギリギリのラインてところ。この夏が勝負と言っても過言ではない。
なんとなく無言になったので、私はジュースに口をつける。伏し目がちに川嶋くんを見ると、ちょっと赤くなって目をさまよわせている。不審だ。
「川嶋くん?」
どうしたの、と続けようとしたのだけれど。
「あのさ。佐保、彼氏いないよな?」
突然彼が切り出した。何故にそんな個人情報を知ってるのだ? 君は!!
「は、はぁ?!」
デリケートな個人情報を知られているということよりも、あまりの唐突さに目が丸くなる。
受験の本命の話からどうやったらこんな流れになる?!
「よかったら、オレと付き合ってほしいんだけど……ダメかな?」
そんな、甘い系のイケメンくんが上目使いなんかしたらダメですって。別に母性本能が強いわけでもないけれど、無駄にキュンとしてしまう。
いや、でも冷静に考えよう。私。
「でもね、私川嶋くんのことよく知らないし?」
今のレベルじゃ『顔見知り』程度だ。川嶋くんの方もそうじゃないのか?
「オレはずっと見てきたから知ってるよ?」
あっさり笑顔で言い切られた。知らなかった。見られてたのか。……って、ええ?!
私は再び驚きで目を見開いた。
「ごめん、私は知らないわ。それに今はお付き合いどころじゃなさそうだし。川嶋くんと違って、私は今が踏ん張り時だから」
やんわりとお断りを入れる。決して嫌いじゃないんだけど、時期が悪い。
「勉強は、一緒にしよう? オレだって卒業はしなくちゃいけないし」
「まあ、そうだね」
「佐保が苦しい時に支えられたらいいんだ」
「む~~~」
「だから、ね?」
えらく食い下がる。真剣な目で、真っ直ぐに見つめられても……
「え、と。と、友達じゃ、ダメかな? ほら、まず友達にならなくちゃ!」
焦って噛んでしまう。
「友達以上の友達ならいい」
「って、それ何?!」
「普通の友達よりも一歩踏み込んだ友達?」
何故にそこで疑問形?
「イマイチ分からないんだけど……じゃあ、それで」
「よっしゃ!! じゃ、早速今度の休みデートしよう!」
「友達とデート?」
「友達以上だから問題ない」
ニッコリと微笑みながら言い切る川嶋くん。押し切られた形だけど肯定してしまったものは仕方ない。でも惜しいかな、今度の休みは先約アリ。沙羅とプールに行くからいい口実だ。
「今度の休みは沙羅……あ、と、山辺さんとプールに行く約束してるの」
「山辺さんて、大津の彼女の?」
「あ、そう。って、あ~っ!! 大津くんも水泳部だったわね!」
「そ!」
そ! と言い切る彼はニヤリ顔。今唐突に思い出した。そうか。私の超個人情報はそこから来ていたのか! 川嶋→大津→山辺→私。この図がすぐさま頭に出てきた。
「大津を誘って4人でプール行こう!!」
ものすごくうれしそうに予定を決めてしまった川嶋くん。こんな顔、初めて見たかも。
彼を意識したことなんてなかったけど、今日、思いっきり意識の中に入ってきた。
ま、これからのことはなんとかなるか。
ニコニコとした川嶋くんの顔を見ていると、こっちまでとってもうれしくなってきた。
「うん。……楽しそうだね」
窓から見上げる空はどこまでも青くて、キラキラとそこかしこできらめく陽光は、今日のこの始まりを祝福しているかのように思えた。
今日もありがとうございました(^-^)