帰り道の地図
高校生×高校生 幼馴染
遅刻ぎりぎりで家を飛び出した香梨は、見覚えのない道を見つけた。
駅までの近道に思えた香梨は迷わずその道を行ったのだが……
異世界で迷子になったのか、夢幻か。
「遅刻するーーー!!」
ずだだだだーっと階段を駆け下り、洗面所に駆け込む。歯磨き、洗顔をささっと済ませると通学かばんをひっつかみ玄関へダッシュする。
「香梨!! ごはんー」
呑気な母の声がキッチンから聞こえてくるけど、そんな暇はないっちゅーの。見てわかるでしょうがっ!
「無理っ! 行ってきます!」
「そんなの見りゃわかるわよ。ほら、これ!」
キッチンから顔を出した母がこっちに向かってパスしたのは、ゼリードリンク。
朝食を抜くと必ず貧血で倒れる私。『これでちょっと間、凌ぎなさい』ってことね。
弧を描いて宙を舞うそれを片手でキャッチする。
「ありがと! じゃ、行ってきます!!」
学校指定のローファーをつっかけ、玄関を飛び出した。
普段なら歩いて10分もかからない駅までの道のり。
走って5分。
遅刻にならずに済む電車の発車まで8分。
間に合う、はず!! 頑張れ私!
セーラー服の襟と、肩の上くらいで揃えられている栗色の髪をなびかせて走る私は見た目爽やか☆ ……いや、そんなこと言ってる場合じゃないし。
駅までの道をひた走っていたら、ふいに違和感を感じた。
「?」
それは、道。家と家の間。いわば、路地のような。
「こんな道、あったっけ?」
生まれてからずっとこの町に住んでいるけど、こんな道、覚えがない。道なんて昨日今日でできるはずないのになんでだろう。
しかも不思議なことに、駅までの近道にも見える。
いつもの道だと、このままもう少しまっすぐ行ってから大きな交差点で右折し、北上する。すると駅なのだが、この道はそのまま駅の方向に向かっているのだ。
一分でも早く着きたい私は、迷わずその道を行くことにした。
そして再び駆けだした時。
少し前に目をやると、同じ学校の制服に身を包んだ男子生徒の後姿が見えた。
今時染めてない黒髪で、てっぺんの方はワックスで遊ばせている短髪。平均的な身長、がっちりではなくむしろ細身の身体。
隣の家の幼馴染、夕霧だ。
夕霧だってギリギリ電車のはずなのに、ちっとも焦っている風ではなく悠々と歩いている。
遅刻してもいいのかしら? んなわけないでしょ!
「夕霧! そんなゆっくり歩いてたら遅刻するよー!!」
悠長な背中に向かって叫んだのに、こっちを振り向く様子もない。なに? 無視ですか?
「もうっ! 夕霧ってば!!」
走るスピードを上げながら、もう一度叫んだ。
でも、なんで?
こっちは一所懸命走ってるっていうのに、普通に歩いてる夕霧にちっとも追いつかない。
そして、ちっとも振り向かない。
すると突然、夕霧は角を曲がってしまった。って、ちょっと! そっちは駅とは反対方向じゃないの?!
ああ、もう、朝から何なのよ……!
「夕霧! どこ行くの?! 駅はあっちよ!」
夕霧の消えた角を曲がり、彼の背中を追おうとしたところで足が止まってしまった。
「……ここ、どこよ……」
見たことのない光景が、そこには広がっていた。
そこはどうやら市場のようで、色々な種類の店が道の両側にひしめき合っていた。
見慣れない野菜を売る店、エキゾチックな雑貨を売る店、絨毯を何枚も何枚も掲げている店。
通りを行く人々もまた、見慣れない人々。
肌の色も違う、瞳の色も違う、髪の色も違う。
聞こえてくる喧騒は、耳慣れない言葉。
なに、ここ。
学校とか、遅刻とか、そんなことも吹き飛んでしまって呆然とその場に立ちつくしていたら、歩いてきた女の人と肩がぶつかった。
ぼんやりしていた私が悪いので、とっさに、
「ごめんなさい。ぼうっとしてました」
と謝ったのだけど、向こうはもっとすまなさそうにぺこぺこしてくれた。
何か言ってたけど、やっぱり解らなかった。
途方にくれそうになったその時、雑踏の向こうに夕霧の顔が見えた。こんなエキゾチックな人たちの中で、夕霧のすっきりとした東洋人顔は逆に目立つ。
とりわけめちゃくちゃかっこいいっていう訳でもないけど、夕霧は結構整った綺麗な顔をしていると思う。爽やか好青年と言ったところか。
昔からなじみの深い、身近な存在を見つけてほっとした。
見失うまいと、
「夕霧っ!!」
目一杯叫んだ。
しかし、やっとこちらを向いてくれた幼馴染の瞳は、見慣れた黒色ではなく、藍かった。
先程とは一転、こちらに向かってくる夕霧だけど、これは私の知らない人だ。
「や……」
思わず後ずさる。先程の安堵はどこへやら、今は不安で一杯。
けど、瞳は夕霧をとらえたまま、目が離せない。
私の目の前まで来た夕霧は、少し怪訝そうに私の顔を覗きこんだ後何か合点がいったのか、自分のポケットから小さな箱を取り出した。今頃気付いたけど、夕霧の服はもはや先程までの制服ではなく、周りの人たちと同じ服を着ていた。
小箱を開けて、男の子らしいゴツッとした指で、それでも器用に小さな粒を取り出した。
金平糖?
夕霧の手元を凝視していた私の口に、彼はそれを放り込んできた。
シャリ……と口の中で潰れた。ほのかな甘さが舌に乗る。
「あ、美味しい……」
思わず声が出た。すると、目の前の夕霧モドキが、
「あ、やっぱり迷い人か」
と言った。
マヨイビト? マヨネーズの親戚か何か? だわ。
「マヨイビトって何よ?」
私は夕霧モドキに尋ねた。
立ち話は何だからと、夕霧モドキは市場の中のオープンカフェみたいなところに私を連れてきた。テーブルに向かい合って座り、そして濃くてやたらに甘ったるいコーヒーみたいなのを飲みながら、先程の言葉に戻る。
「迷い人っていうのは、異界から来る人のことだよ。この世界には時々異界から迷子になってくる人がいるんだ」
何でもない事のように夕霧モドキは言うけど、そもそも私、迷子になったわけじゃない。
「私、迷子になった覚えなんてないわよ! あなたの背中を追っかけてたらここに居たんだから」
「え? 僕? 追っかけられた記憶ないなぁ。市場で君に『ユウキ!!』って呼ばれて初めて会ったんだけど?」
キョトンとした顔で、夕霧モドキが答える。じゃあ、私が追っかけてたのは誰? 今度は私がぽかんとしてしまう。
「え?」
「初対面なのによく僕の名前知ってたね」
「ええ? あなたも夕霧っていうの?」
「うん、ユウキだよ」
「へぇ……そうなんだ……」
瞳の色が違うだけで、後は全く同じ顔のユウキが、少し顔をほころばせた。ああ、笑い方も同じだ、なんて呑気に思ってしまう。
ちょっとぼんやりユウキの顔を見ていると、
「君は、何て名前?」
ユウキに聞かれた。その声に、しばし魂をどっかにやっていた私はハッと我に返り、
「え、と、香梨」
と名乗る。夕霧本人に名前を名乗ったみたいな変な感じ。今更ってか。
「カオリ、ね」
「うん。あ、さっきの金平糖みたいなのは何だったの? あれを食べてから、周りの言葉が解るようになったんだけど」
名乗ったついでにさっきの金平糖のことを尋ねた。
そう。さっきあれを食べてから、急に周りの雑踏が、意味のある言葉になって聞こえ出したのだ。
今は隣のテーブルの会話だって理解できてる。
「あれはただの砂糖菓子。迷い人は大抵こちらの言葉が理解できないからね。こちらの食べ物を口にすればすぐさま理解できるようになるんだ」
「そうだったんだ」
「そう。で、よく迷い人がこっちの世界に来るから、この辺りの人は大抵こういったお菓子とか食べ物を持ってるんだ」
ふうん。用意のいいことだ。しかもかなりの順応性。もっと驚こうよ?
結構ファンタジックな内容の割には、目の前のユウキは、冷静で、何でもないことを語っている風。優雅に例の飲み物を飲んでいる。
私もそれに口をつけるが……甘い。甘いものは好きなんだけど、家からずっと走ってた身に、このダダ甘い飲み物は、地味にダメージを与えてくれる。
飲みあぐねていると、気が付いたのか、
「ミント水を」
と、違うものを注文してくれた。
「ちなみにユウキは、私の帰り方なんて知ってるの?」
ほんのり甘く、冷たいミント水を飲みながらユウキに聞いてみた。ごく普通の男の子にしか見えないユウキに帰還方法なんて聞いたって知らないかもしれないけど、手掛かりくらいはわかるかも、と、一縷の望みをかけて。
「うん、知ってるよ」
何ともあっさりとユウキは肯いた。それはもう、こっちの気が抜けるほどに。
「え? そうなの? どうすれば帰れるの?」
思わずミント水のグラスを持っている手にグッと力が入る。そしてユウキの方に乗り出さんばかりの勢い。
そんな私にユウキは苦笑しながら答えてくれる。
「地図を買えばいいんだ。ここの地図を」
「地図?」
「そう。それに帰り道が描いてあるらしいよ。僕、今日初めて迷い人に遭遇したから、まだその地図を見たことないけどね」
「それはどこに売っているの? というより、私、お金、日本円しか持ってない……。ここのお支払いもどうしよう」
にわかに不安が首をもたげてきた。
無銭飲食なんて無理。異界の地で逮捕されたら泣いちゃうわ。日本円は通じるのかな? もう最悪ここで労働させてもらうか。バイト代で賄ってもらおう。
そんなことを真面目に考えてたんだけど、
「ここは僕がおごるから心配しないで。ここのお金を手に入れるには、一番手っ取り早いのは思い出を売ることかな」
ユウキはうーん、と、ちょっと困りながら教えてくれた。
「思い出を売るの?」
そんなファンタジー、すぐには信じられないよ。
「そう。それを専門に扱う商人がいるんだ。迷い人は大抵そこで思い出を売ってお金を手に入れてるよ。それで地図を買う」
「どんな思い出でもいいの?」
「なんでもいいけど、いい思い出は高く売れる。逆は然り」
「ああ、なるほど……」
「当然だけど、地図は結構なお値段するよ」
当然だよね。
でも、思い出か……。
夕霧と二人で初めてのおつかい行ったのって、何年生の時だったっけ? 買うもの忘れて焦ったよなぁ。
夕霧んちと私んちで海にも行ったよね。あの時私が溺れてしまって、みんな血相変えて助けに来たっけ。夕霧が一番慌ててたなぁ。私よりもパニクってるってどうよ?
ああ、それから……
夕霧……
自分の中で『いい思い出』として出てくるものは総て夕霧がらみだなぁ。ま、物心付いた時には一緒にいたしね。歴史長いわ。
あ、でも……
「思い出を売ると、どうなるんですか?」
私は恐る恐る聞いた。
「もちろん、その思い出は自分の中から消えちゃうんだ。今思い出していたものならいいお値段で売れると思うよ」
「えっ? 考えが読めるんですかっ?!」
「違う違う。すっごくいい顔してたから、ね。それだけいい思い出なんだろう、って」
そっか……。
でも嫌だ。
忘れたくない。
どれもこれも楽しい思い出、大事な思い出だもの。夕霧と私の……!
ユウキの言葉にショックを覚え、呆然と固まっていた私だったけど、
「ユウキ!! 浮気してるって聞いたわよ!!」
横からそんな声が聞こえてきた。かわいい女の人の声。
え?! 異界でまさかの修羅場?! と、ぎょっとした拍子に正気に戻った私。
声のする方を見ると
……私?! また瞳の色が違うだけ。
「カオ! 何言ってるの。迷い人と遭ったんだよ」
それまで穏やかな表情しか見せていなかったユウキが、彼女を見た途端に破顔した。
破顔。まさにそう。よく言ったものだ。
キラキラと満面の笑みなのだから。
『思い出』云々の件で結構ダメージ受けている私には眩しすぎるのですが。
そして、こっちのユウキも私と同じ顔のこの少女を『カオ』って呼ぶんだ……。
『カオ』と呼ばれた彼女は、セリフとは裏腹にニコニコしている。
フウ、修羅場回避か。よかったよ。
「うん、知ってる。フフ。だって『見たことない服着たカオリにそっくりな子と歩いてた』って言われたから」
肩の上くらいで揺れている栗毛はサラサラ。背格好も同じ。ユウキといい、私といい、ここはドッペンゲルガーの世界?!
そして、
「カオ、妬いてくれないの?」
「だって、ユウキはそんな人じゃないでしょ? クスクス」
当然のようにユウキの隣の席に座り、二人で微笑み合ってる。おーい、お二人さん? 私のこと忘れてない??
邪魔するのも何だけど、ミント水を「ずずずー」といわせて飲み干した。
その音に、私の存在を思い出したのか、ユウキとカオリは二人の世界からこちらの世界へ戻ってきたようだ。さらなるトリップをしないでくれ。
「ああ、ごめんごめん。カオ、この子は香梨。迷い人だよ。香梨、こちらはカオリ。僕の大事な人」
さっきよりもずいぶんご機嫌な笑みで、隣の彼女を紹介してくれるユウキ。
そっか。こっちのユウキとカオリは恋人なんだ。
あっちの私と夕霧は……ただの幼馴染ね。兄弟かしら? それとも?
「はじめまして、カオリさん。……って、何だか変な感じですよね」
「ホントホント。鏡にむかって挨拶してるみたいね」
「僕もはじめびっくりしたよ。見たことない服着たカオが呼びかけてくるんだから」
クスクス笑っているカオリ。それをとろけるようなあっまい顔で見ているユウキ。……視線でのろけないでよ! しかも、こっちのカオリは私と違って素直そうだわ。仕草とか、言葉の端々がなんとなくかわいい。
「で、どうする? 思い出を売る覚悟はできた?」
コーヒーもどきを飲み干したユウキが尋ねてきた。
「うん、じゃないと帰れないんでしょ?」
「まあね」
「じゃあ、その店に連れて行ってくれる?」
しっかりとユウキの瞳を見返しながら、私は言った。
いい思い出。
でも、夕霧との思い出は売りたくない。
だから、私の17年の人生の思い出、ランク付けしてやろうじゃないの。
夕霧との思い出はSクラス。絶対売るもんか。
だから、Aクラス・Bクラスの思い出をたーーーんと売ってやる。十把一絡げだ。
テストで満点取った、とか、部活の試合でいい線まで行ったとか。小ネタ攻めで行くか。
その店は、市場のメインストリートの一本奥にあった。
店先はガラクタなのか売り物なのか判別のつかない物で溢れている。それらを踏まないように、たまに躓きながら、私とユウキとカオリは店の奥に進んだ。
薄暗い店の奥には、背の曲がったおばあちゃんがいた。穏やかなニコニコ笑顔。
その笑顔にほっとしていると、
「ばあちゃん。迷い人が来たよ」
ユウキがお婆ちゃんに話しかけた。ちょっと大きな声。きっとおばあちゃん、耳が遠いのね。
「ああ、そうかい。久しぶりだね、迷い人が来るのは」
そう言うと、「よっこらせ」と言って立ち上がり、店の奥に消えた。
しばらくして出てくると、そのしわがれた手には巻かれた紙を持っていた。
……それが、地図?
再び「よっこらしょ」と腰かけたおばあちゃんは、
「で、どんな思い出を売るんだい?」
と聞いてきた。おばあちゃんの手元に釘づけになっていた私は、そこから無理矢理視線を剥がして、おばあちゃんの瞳を見た。
「どうやればいいんですか?」
「ただ思い浮かべるだけでいいよ。私には伝わってくるからね」
おばあちゃん、何気にエスパーか。ま、このファンタジックな世界なら何でもありな気がするわ。もはや驚くまい。
「そうですか。では……」
ワタシ的Aランクの思い出をいろいろ思い浮かべた。
「うん、まあまあいいね。でもまだ足りないよ?」
「はい、じゃあ……」
次、Bランク。
「まあまあだけど、まだ足りない」
えええ!? 足りない?!
それまで閉じていた目を開け、驚愕の瞳でおばあちゃんを見てしまった。
私の瞳の色に気が付いたおばあちゃん。
「まだ、とっておきのがあるんだろう?」
目を細めて聞いてくる。てか、ばれてるんだ。さすがエスパー。いや、おばあちゃんの場合魔女の方がしっくりくるか。つか、そんなことを言ってる場合じゃなくて。
「とっておき、ですか?」
「ああ、とっておき」
夕霧との思い出。
どれ一つとして忘れたくないものなんだけど……。
私がためらい、目を彷徨わせているのをみると、おばあちゃんが口を開く。
「思い出ってのはね、これからも作れるもんなんだよ」
これからの時間。
やっぱり夕霧と一緒に居たい。
今まで以上に楽しい、いい思い出を作りたい。
夕霧の居るところへ帰りたい……!
おばあちゃんの言葉をすんなりと受け止めた私は、ゆっくりと目を閉じた。
「じゃあ、ありがとう。お世話になりました」
ぺこり、とお辞儀する私。手にはあの地図。
この角を曲がれば、元の世界に戻れる。
寄り添って立つユウキとカオリ。ここまで送ってきてくれた。
「元気でね!」
「向こうの『ユウキ』にもよろしくね」
ニッコリと笑い、手を振ってくれる二人。ふふ、お似合いだね。こっちの二人は。
向こうの私たちは違うけど。でも……。
「ええ、お元気で!」
私も笑顔を返すと、そのまま勢いよく駆け出し、角を曲がった。
「……お、……かお! 香梨!!」
ゆっさゆさと肩を揺らされている。この声は、……夕霧?
「ゆ……き?」
あれ? 私声が掠れてるよ?
ぼんやりした意識が徐々に覚醒していく。私は今、道路に蹲っているみたいだ。なぜ?
私、走ってたよね?
そして、私の肩を揺さぶってるのは、夕霧。……夕霧? ホンモノ?
私の顔を覗きこんでるその瞳は、いつもの黒。服も、同じ学校の制服。ホンモノ、だ。ホンモノの夕霧だ。てゆーことは、私元の世界に帰ってきたんだよね? でも、なんだか自信ない。夢を見てたのかな?
そんなぼんやりとした私をまだゆっさゆっさとゆすぶりながら、
「かお! お前また朝メシ食ってこなかったんだろ!」
「へ?」
「オレの前を走っていたお前が、急に真っ青な顔で蹲るからびっくりするだろが!」
「え?」
綺麗に整えられている眉が、ちょっと八の字。そんなにまくしたてなくたっていいじゃない。まわってない頭にはきついわ。
ゆっくりと周りの様子を見ると、いつもの駅への道。確かさっき、見知らぬ道があったところ辺り。歩道の片隅で、私はちっちゃく蹲っていた。
立とうとしたらやっぱりふらついた。
そっか、貧血起こしたんだ。そーいやゼリーもまだ飲んでなかった。
ふらついたら夕霧に抱き上げられた。って、ちょっと!!
「ちょ、っ! 夕霧! 大丈夫だって! 恥ずかしいから! ここ、道よ、しかも大通り!!」
やーめーてー、とジタバタする私をまるっと無視し、
「どうせもう遅刻なんだし。つか、お前今日は休め。顔色も悪いぞ」
「こんなのタダの貧血だってば」
いつものことじゃない! 休む必要無いよ。
「学校で倒れられたらオレが困る」
キュッとまた眉が下がった。
てか、なんで。
「どーして夕霧が困るのよ?」
「オレのいないとこで倒れてみろ。助けてやれねーだろ。それに『大丈夫だろうか?』って気が気じゃない」
「え?」
なによ、それ……
横抱きに抱き上げられているので、下から夕霧の顔を見上げる形になるんだけど、そこから見える夕霧の顔は赤い。首も耳までも真っ赤。
赤い顔で、それでも真っ直ぐ前を向いて、うちに向かってる。
「オレの大事なかおに何かあったら大変だから、今日は大人しくしててくれ」
ずんずんと歩を進めながら、夕霧は言った。
あ~。もう。
きっと私、ユウキとカオリに洗脳されちゃってるんだ。
夕霧の言葉が嫌に甘く感じる。
「聞いてる? かお。ああ、そう言えば昨日の返事貰ってないぞ」
「昨日の返事?」
「まさか忘れたとか言う?」
「?」
夕霧の眉が、顰められる。あ、怒ってる? でも、昨日何があったのか思い出せないよ?
「貧血で頭まわってねーのか? 昨日、オレかおに告っただろ。その返事」
「ほへ?」
告られたっけ? ぽかんと見上げる私に、呆れたようなため息をひとつこぼして、
「も一回言わせんのかよ。かおはひでーやつだな。ま、何度でも言ってやるよ。かお、好きだ。付き合え」
呆れ顔を引っ込めたかと思うと、今度はとびきりの甘い顔。
え? 告られたの? 夕霧に? しかも最後は命令形?
「ふふ、命令なんだ」
「そ。断る余地なし」
「横暴だなー」
「いいの。かおはこのくらいじゃないと伝わらない」
「もうっ! じゃあ、仕方ないから付き合ってあげる」
「上からだなー」
「お互い様でしょ?」
「まあな」
結局夕霧に抱きかかえられて帰宅。
「あらあら、夕くん! 香梨どうしたの?」
「かお、貧血で倒れてたよ。今日は休ませたら?」
「あらま、そりゃ大変。重かったでしょ? ありがとね、夕くん」
「かお、ベッドに寝かせてからガッコ行くよ。また帰りに寄るね」
「はいはーい、待ってマース」
何でお母さんが喜んでるよ?
私をベッドに横たえて布団までかけてくれる。あんたは世話女房か!
「ガッコ終わったら寄るから。それまで大人しくしてろよ?」
「はぁい」
「じゃな」
そう言うと、私のほっぺに軽いキスを落としてから、部屋を出て行った。
甘い。融けそうなくらいに甘い。
けど、嫌じゃない。
向こうの二人みたいに、夕霧と私も恋人になったんだ――にわかに信じがたいけど。
これでまた、二人の思い出が増えていくんだね……。
今日もありがとうございました(^^)/