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屋上サンクチュアリ

現代・高校生(先輩×後輩)まったり・ほっこり・茶飲み友達?


三条葵さんじょうあおいは学校の屋上がお気に入り。今日も和菓子片手に花より団子。そこに現れたのは……

私は満開の桜を見ながら、みたらし団子をまぐまぐと食べていた。


放課後、ほとんど人の来ない校舎の屋上の隅。この真下は園芸部が管理をしているちんまりとした温室があったり、きちんと手入れされた花壇があったりする。四季折々の花が咲くと綺麗なんだろうなぁ、と思いながらみたらしを再び口に入れる。まだこの桜と春の花しか見たことはないけど。


偶然ここを見つけて以来、ここでまったりとするのが日課になった。

初めて見た時、この桜は5分くらいの咲きようだったのが、今ではみっしりと満開になった。少しづつ変化するのがうれしくて、ついつい毎日足を運んでしまう。

正門や校庭脇にはたくさんの桜が植えられているが、ここにはただの一本だけ。そのなんともいえない孤独感も気に入っているポイントかもしれない。




今日は園芸部の活動がないようで、いつもなら部員があちこちで土いじりをしているのに、誰も見当たらない。しんと静まり返っている。

時間は午後4時。

6限目を終えてずいぶんと経っている。グラウンドの方からは、運動部が活動している声や音が聞こえてきていた。


――桜がきれいだ。お団子美味し。


まだ温かいペットボトルのお茶を飲んで、桜に見入っている時だった。


ばたばたばた、と忙しない足音が聞こえたかと思うと、私の背後で急停止した。

こんなところに走ってくる生徒なんてほとんどいない。少なくとも私がここに来だしてからは一人もいない。気になった私は、ゆるゆると振り返り、その生徒を見上げた。


――誰だろう? 知らない男子生徒だな。上級生かな? いや、同級生でもわからないか。


そこにいたのは、膝に手をつき肩で息をしている男子生徒だった。頭を下にしているから、私のところから顔が見えない。だから誰かも判らない。

私がじっと黙って見守る中、しばらくハアハアと息を整えてから体を起こしたその人は、すらりとしたしなやかな身体だった。めちゃくちゃ背が高いという訳でもないが、170の後半はあるだろう。145cmしかない私にはうらやましい限りだ。

それよりも。


――うわ、めっちゃカッコイイ人だ。


体を起こしたことで初めてお目見えしたその顔は、とても整っていてカッコイイ人だった。

びっくりして目を見張る私。


――こんなカッコイイ人、この学校にいたんだ。


あまりのカッコよさにしばし呆然としている私に向かって、その人は切れ長の目を少し大きくしたかと思うと、


「君、こんなとこで何してんの?」


と聞いてきた。

何してるも何も、ぼけーっとお一人様お花見を満喫中なので、


「お花見してます」


素直に答えた。片手にみたらし団子、もう片手にペットボトルのお茶を掲げて見せて。

あ、これじゃあ花より団子かもしれない。


「ふうん。あ、そのお茶ちょーだい」

「え? でも飲みかけですよ?」

「構わない。喉が渇いて死にそうだ」

「えー、まあ、気にしないならドウゾ」


彼は私が掲げて見せたお茶に素早く反応すると、許可を確認してから一気に飲み干した。

嚥下するたびに上下する喉仏に見入る。本当に美味しそうに飲むなぁ。

飲み干したかと思うと、私の隣にドカッと座りこみ、すらりと長い足を投げ出し両手を後ろに付き空を仰いだ。


「あー、美味かったー。今までで一番美味いお茶かもー」


空を仰いだまま、顔を左右に振っている。さっきまで走ってきたために乱れていた茶色の髪が、サラサラと揺れた。


「それはよかったです」


目の端に、彼の揺れる髪を見ながら、また私は眼下の桜を見下ろしていた。彼も適度に休憩したら帰って行くだろうと考えて。

そしてみたらしの新しい串に手を出しかけて、はたと気づく。


――これを食べたらお茶が欲しくなる。でもたった今お茶はなくなってしまった。うーん、葛藤だ。


みたらしをじっと見つめ、動かない私を認めた彼は、その薄い唇を上に吊り上げクスリ、と笑うと、


「あー、悪い。オレがお茶を飲んじまったから続きを食べようかどうか悩んでんだよな?」

「あー……」


すっかりばれてる。恥ずかしい。顔が赤くなるのが自分でも解る。


「いいですよ。また帰って食べればいいことですから」

「そっか」


ばれているなら隠しても仕方ない。私は肩をすくめてみせると、ゆるゆると周りを片付け始めた。片付けるというほど散らかっている訳でもないけど、カバンを持ち、ゴミを持っていたビニール袋に入れる。

それをじっと見ていた彼だけど、


「君、1年生?」


初対面の男の人と隣り合って花見をする気はない。桜に集中できないなんて、桜に失礼だ。

帰ろうと立ち上がりかけたところで彼に尋ねられた。


「はい。そうです」

「そっか。組は? 名前は?」

「1組です。三条と言います」

「三条、何?」

「葵です」


何で下の名前まで聞くんだろうと思いながらも、素直にフルネームを教えた。


「葵ちゃんね。オレ、2年1組の皆元光司みなもとこうじ

「2年生だったんですね。失礼しました。まだ同級生も覚えれてなくて」

「まだ4月だしね。覚えてる方がコワイよ」

「ソウデスネ」


多分卒業するまで覚えれない人も山盛りいるだろうけど。しかし何で名前で呼んでるんだろう、コノヒト。ちゃんと名字を名乗ったはずなんだけど。

皆元先輩は切れ長の目を細めると、


「それに、失礼も何もオレの方が失礼だったし?」


ええ、そうです。とは口が裂けても言えませんよ。私は曖昧に微笑んでから、


「では、失礼します」


ぺこり、と挨拶をしてその場を去ることにした。


「うん、またね」


そう言って、自分の身体を支えていた手をひとつ離し手を振ってくる。男の人の割には指の長い、綺麗な手だなぁ、と思わず見惚れてしまった。ついでに言うと、何をしても様になる人だとも。




あれからひと月。

その後も何度か屋上で皆元先輩に出会った。

桜が散ってしまってからは毎日行くことはなかったけど、それでも2,3日に一度は訪れていた。

この間まで咲き乱れていた花が枯れ、また違う種類の花が咲き誇っていく様を見るのは全く飽きない。ここは常に違う顔を見せてくれていた。

花を愛でつつお茶とお菓子。これは私のお花見スタイル。花が変わっても観賞態度は変わりなし。


「よ。今日のお供はよもぎ餅か」

「そうですよ。……おひとついかがですか」

「もちろん、ありがたく」


皆元先輩はいつも私のお茶請けをつまんでいく。意外にも甘いものが好きらしい。洋菓子も和菓子もどっちもイケる口だ。パッと見、クールな感じなので『甘いものよりブラックコーヒーとか飲んでそうなイメージでした』って言ったら『よく言われる。コーヒーも嫌いじゃねーけどな』と、笑いながら答えていた。


出会ってまだそんなに経っていないある日、また先輩が駆け込んできたことがあった。

前のように私の横に座り込み、ぜーぜー言っている。どんだけ走ってきたんだろう?

先輩はバスケ部に所属している(らしい)ので、ちょっとくらいじゃ息なんて上がらないと思うんだが。隣でシャツの襟をくつろげ、パタパタと換気している彼を見ていると、なんだか可笑しくなって、『よかったら、これどうぞ。甘いものは疲労回復にイイですよ?』って豆大福を差し出したら『サンキュ』と言ってあっという間に食べてしまった。


それからも何度か先輩は屋上ここに駆け込んできた。その時は黙ってお茶と和菓子を差し出す。それも習慣化してきた。


だから、ここでは和菓子とお茶という、ある意味物凄くシブイ取り合わせに先輩は付き合っている。

まるで茶飲み友達のようだ。


「葵は和菓子が好きなのか?」


男の人なのに、しなやかな綺麗な指で私が差し出したよもぎ餅をつまみ、口に運ぶ。いつの間にか『葵ちゃん』から『葵』と呼び捨てされるようになった。もはや気にしてないけど。


「んー、どっちも好きですけど、どちらかと聞かれればむしろ和菓子でしょうか」

「渋いよな」

「ほっといて下さい。あんこの方が血糖値を素早く上げてくれるから疲労回復にはもってこいなんです」

「まあな~、って、運動部にも入ってない葵が何に疲れるんだよ?」

「主に脳作業です」

「ぶくく、脳作業か! 確かに1組は特進クラスだからついて行くのに苦労するよな」

「はい。あっぷあっぷです」


ぶははっ、と先輩が笑う。本当のことを言っただけなのに。


「そーゆーわりにはよくここでぼけーっとしてるよなー」


目に笑いを浮かべたまま、先輩は私を見る。確かに、おっしゃる通り。


「いいんです。ここは私の逃避の場所なんですから。これでも帰ってからは必死に勉強してるんですからね!」


プッとむくれる私。

そう、屋上ここは私のいこいの場なのだ。日中フルに使った頭をクールダウンする。嫌なことがあっても、花を愛で、頭を真っ白にできる場所。


「そっか。まあ、解らないとこがあったら教えてやるよ」


まだニヤニヤ笑ったまま、先輩は言ってくれるが見事に上から目線。確かに先輩は学年でも常にトップ10に入っている頭脳の持ち主。でも切れ長のクールな目が、からかいの色を深めている。


「アリガトウゴザイマス」

「素直じゃないなー」


ハハハー、とどちらからともなく笑い出した。




それからしばらく後。


「三条、ちょっといいかな?」


6限目が終わり、帰り支度をしているとクラスの男の子に声をかけられた。


ア、コレハ。


「ん? 何か御用?」

「ここではなんだから、ちょっとついてきてくれるかな」

「あー、うん」


タブン、ソウ。

――今までの経験からフィードバックする。これから起こることは多分私の勘違いじゃないと思う。

黙々と男子生徒の後をついて行きながら、逃走経路を確認することを忘れない。

逃げる・撒く・隠れる。これが今までの経験から得た鉄則。


彼に連れてこられたのは、いつも見下ろしている園芸部の庭。

今日はオフの日だから、部員は誰も居ない。それは私がよく知っている。何せストーカーのようにもう数か月、ここを眺めているんだから。


「あのさ、オレ、三条のこと好きなんだけど、付き合ってくれるかな」


ヤッパリ。


「私、君のこと何も知らないし、私のどこがいいのかもわからないからお付き合いはできません」


はっきりとお断りする。大体、同じクラスというだけでほとんどしゃべったことのないような人だ。どうやったら好きになるんだろう。私の人となりなんて知らないも同然だろうに。


「でも、彼氏はいないんだろう?」


むっ。よくご存知で。


「いないけど、無理」

「好きな人でもいるの?」

「お答えできません」


いないけど、いないと素直に言わない方がいい。


「じゃあ……」

「じゃあ、また明日ね! さよなら!」


彼が何かを言おうとしたけれど最後まで言わせず、そのままくるりと踵を返すとダッシュした。脱兎のごとくとはまさに今の私のためにある言葉だ。

あまりこれ以上きっぱりはっきりと言いすぎると、後々よくない。お断りはしっかり入れて後は濁す。

私は屋上目指して走った。頭の中でシミュレーションした通りに。

簡単に屋上に逃げ込んだと判らないように、いろいろ寄り道をして。細工して。体は小さいが、その分小回りは利く。これでも意外に体育は4だ!(5じゃないところが微妙なところ)


静かに屋上の扉を開けてその隙間にサッと体を滑り込ませると、極力音をたてないように閉めてから、そこに背をもたせ掛けて息を整えた。久しぶりの猛ダッシュだから息も絶え絶えだ。居ても立っても苦しくて、その場にしゃがみこんだ。これは完全なる運動不足だな。

ゼイゼイ言っていると、


「見事なダッシュだったなー」


と、いつもの場所から先輩が顔を出した。


――ああ、そうだ。今日は先輩オフの日だ。


バスケ部も、体育館の利用の都合で月に何度かオフになる日がある。その日に先輩はここに顔を出すのだ。

なぜかすっかりバスケ部の活動日を把握させられてしまっている。別に聞く気もないのだけど、先輩が言っていくのだ。オレの分もお茶請けを用意しとけよーってことだと認識しているのだが。


「は……先輩、……見てたんですか……? はふ、はふ」

「んー、ちょっとだけなー。園芸部休みなのに声が聞こえたから、何かなーって思ってな」

「そーでしたか……はぁ」


今日の先輩はなんだか意地悪な笑顔に見える。あんな場面を見られたのかと思うと、恥ずかしくて私は引きつってしまう。しかしそんな私にはお構いなしに、先輩は笑顔を張り付けたまま、いまだ扉に張り付いたままの私の方へと歩いてくる。

だんだん暑くなってきた季節のせいで、すっかり私は汗だく。多分顔も真っ赤だろう。

コンパスのせいもあり、あっという間に私の元にたどり着いてしまった先輩。

笑顔だけど、無言のまま私を見下ろしている。170後半の先輩と145の私。しかも今はしゃがみ込んでいるから、身長差は更に倍。見上げていると首が痛くなる。


「せ、先輩?」


無言がいたたまれなくて、先に私が声を発した。すると先輩は、


「脱走おつかれ」


そう言うと、後ろ手に隠していた冷たいペットボトルを私の頬に押し当てた。


「うわっ! つめたっ!!」


その冷たさにぎゅっと目を閉じる。可愛くない声が上がるけど別に気にしない。キャラじゃないし。


「お前、もっと可愛く叫べよ」


ぶっ、と吹きだす先輩。やっといつもの笑顔に戻った。その笑顔に見惚れていると、膝を折り屈みこんできたかと思うと、その綺麗な指で、乱れた私の髪を梳いて整えてくれる。大きな手。気持ちよくて、目を細める。




「先輩が何度かここに駆け込んできた理由がはっきりとわかりましたよ」


呼吸も落ち着き一息ついた私は、いつもの場所に先輩と腰かける。汗をかいた身に心地よい風が吹き抜けていく。先輩の茶色い髪も、風に乱されたまま。


「何?」

「先輩も、告白から逃げてきてたんですね」

「あー……」

「バスケ部の司令塔の先輩が、どうして息も絶え絶えで来るんだろうって不思議に思ってたんですよ?」

「あー」

「先輩も、私と同じ逃走経路を辿ってたんですねー」

「逃走経路?」

「はい。逃げる・撒く・隠れるです。この場合『撒く』ですかね」

「ああ。簡単にここに逃げ込んだのがばれちまうと、むしろ袋のネズミになっちまうしな」

「ええ」


だからあんなに息が乱れていたんだ。1階から屋上に上がろうとすると、校舎は3階建てなので、4階分の階段を駆け上がることになる。さらに小細工をするから距離は伸びる。これが結構きついのだ。

でもさすがに先輩は鍛えているだけあって、回復は私の何倍も早いのだけど。


「葵も、いつもこうやって逃げてくるのか?」


冷たいお茶でのどを潤していると、先輩の声のトーンが変わった。

不思議に思い先輩の顔を見ると、初めて見るちょっと真面目な顔。思わず目を見開く。

その表情に驚いてしまって、


「ええ、まあ……」


不覚にも誤魔化すことなく答えてしまった。

綺麗な瞳に見つめられるとなんだか気まずい。ふっと先に視線を逸らせてしまった。

しかし、先程の先輩の言葉に違和感。『いつも』?


「でも、今日が初めてですよね? 私が駆け込んできたの」


今までは先輩のいない時だったはず。今日たまたま先輩のオフだっただけ。でも、次の先輩の言葉に首を傾げる。


「ああ、実際に見るのはな」

「実際?」


さらに先輩の言葉がよくわからなくて、キョトンとなる。相変わらず先輩は真面目な顔のままだ。


「葵は有名人だぜ? ちっちゃくて、可愛くて。入学して早々に何人も告ってきたろ」

「さ、さあ?」

「初めはオレも知らなかったけどな。ちょっとダチに話を振ったら葵の情報なんてあっちゅー間に集まったぜ」


えー。恐るべし。個人情報ダダ漏れですか?


「ソウデスカ」

「ああ。それに、さっきみたいな断り文句じゃ男の方も納得いかねーだろ」

「……聞こえてたんですね」

「まあなー。好きな人もいない、彼氏もいない、だけど付き合えないって」

「あはー」

「そりゃ強引に拉致られそうにもなるだろ」

「……」


完全にばれているようだ。誰だ、話したのは!


私がどこかに逃げ込むようになったのは、中学の頃、告ってきた人が無理矢理人気のないところに拉致っていこうとしたからだ。その時はたまたま人が通りかかったから事なきを得たけれど、私みたいにちっちゃいと、簡単に担がれてしまうのだ。


その時のことを思うと怖くなる。じっと黙って体育座りした膝を抱え込み、その一点を見つめる。


中学の頃からそうだった。だから高校に上がっても用心に用心を重ねる。

常に逃走経路を確認して。シミュレートして。間違っても屋上に逃げ込んでいることだけはばれないように、いろいろ細工しながら。


グッと押し黙ったままの私に、先輩はひとつため息を落とす。そして、


「そんな難しい顔すんなって。これからはちゃんと『彼氏がいます』って言えばいいことだろ」

「は?」


突然降ってきた言葉に、私は理解できず、膝から視線を上げて先輩を見上げた。すぐにぶつかったのは優しい笑みを浮かべた先輩の綺麗な瞳。


――でも、それって嘘をつけって言うことですよね? ウソも方便だろってことですか?


「嘘つくんですか? ま、その方がいいかもしれませんね。他校にいるとかだったらばれにくいか?」

「違うだろ!」


素早く先輩のツッコミが入った。違うんですか。じと目になって呆れ顔の先輩。けれど、すぐに目を細めると、


「オレが彼氏だって言っちゃえばいいんだよ」


そう言うか否か。先輩は見る見るうちに赤くなってしまった。


「え、ええ?? それって?」

「そーだよ。オレは葵が好きなんだよ。解れよ」

「あ、ああ、って、えええ?」

「いい加減理解しろ」

「だって、先輩はすごいモテる人でしょ? 友達が言ってましたよ? あ、聞いてないのにみんなが先輩の噂してたんです。あ、わかった。いわゆるオンナヨケってやつですか?」

「……」


ガクッともはや無言で項垂れてしまった先輩。


「はぁ~~~。違うよ。葵は特別。オレのこと顔だけで見てないよな、お前」

「いいえ? かっこいいなぁって惚れ惚れ見てましたよ?」

「かなり客観的にな。ま、オレも葵のこと顔だけじゃないけど」

「顔はフツーですよ? 十人並み?」

「お前、認識改めろ。印象的な大きな黒い瞳、元から栗毛のふんわりと優しげな髪、ちっちゃくてちまちました美少女。これが共通認識だぞ?」

「ひえええ!! 美化されてる!!」


噂、こわー。独り歩きしてるよ?


「それはオレも納得したよ。でもオレはそんな葵が好きなんじゃない。マイペースで、まったりしてて、和菓子食う時は幸せそうで、ほんわかしてる葵がいいんだよ」

「先輩……」


綺麗な顔を膝に乗せたまま、こちらを見ている先輩。いつもよくするからかいの表情は見られない。


「お前はオレのこと、茶飲み友達くらいにしか思ってない、か」

「友達なんて滅相もない! 茶飲み先輩ですよ!」

「意味わかんねーよ」


くすっと笑う先輩。それにつられて私も笑う。


「私の中でも先輩は特別ですよ? だってここは私の聖域サンクチュアリなんですから。誰でも招き入れることなんてしないんですよ?」

「そっか」

「そうですよー」




友達に『皆元先輩と付き合うことになった』と話したら『まーじーでー?! アノ皆元先輩とぉ?! 葵、学校中の羨望を一身に浴びるわよー、って、あんたなら大丈夫か』『だよだよ』『葵ちゃんなら納得だわ』と、みょーな感じで納得された。


そしてあれ以来、私が逃げ込む場所は2年1組の教室になった。それに『三条葵は皆元光司の彼女』っていうことが知れ渡ると、告ってくる人自体がいなくなった。

先輩の方もしかり、だ。


あっという間に学校中の公認になってしまった。どんだけ有名人だったんだろう、先輩。学校中から温かい視線を浴びている気がする。

私はひっそりまったりしたいんだけど。




そしてやはり、平穏を求めて今日も屋上へ行く。

お気に入りの園芸部の花壇は、今やすっかり夏の花だ。

お茶請けの和菓子も、涼を求めた水羊羹。ひんやり冷たくて美味し。


「オレのはー?」

「ありますよー。自分で食べてください」

「あーんはしてくれないのー?」

「しません。大きな子がそんなこと言うもんじゃありません」

「葵、つれない」

「せっかく冷たいのに、さっさと食べないと温くなっちゃいますよー」

「あ、食う!!」


読んでくださってありがとうございました(^^)/

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編集 すべてわくわく楽しみながら読みました。 中でも私はこのお話が好きです。 どこか浮世離れした葵ちゃん、皆元君は葵ちゃんと居ると癒されるのでしょうね。二人ともお互いに自分らしくいられて、…
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