荻野君は決意した。
1「荻野君は決意した」
黒板の前で、担任いししが大声をだして算数を教えてくれている。
その馬鹿デカイ声は、俺の右耳からそのまま脳を完璧にスルーし左耳へ直行。
窓の外を眺めてはみるものの、目にうつる満開の桜の花はただの紙切れに見えてしまってとても綺麗だとは思えない。
今、俺の頭の中はそう・・・…回し車を超高速でカラカラカラカラやってるハムスターの如く超高速回転している。
それもこれも、朝の会で担任いししがあんな事を言ったから悪いんだ!!
「おはよう」
「おはようございます伊生先生」
「そうだお前ら6年生になっての作文は今日までだからちゃんと出せよ」
「はーい」
「はいは伸ばすな」
「はい」
一瞬の沈黙の後、いししはぶっとい眉毛をピクリとあげて、なにやら話はじめた。
「あー・・・…そうだ決意作文といえば、俺も書いたなあ。毎年あったんだよ」
「……」
「それでな俺、いつもは偉い子ぶって、苦手な理科を頑張るやら友達増やすやら、真面目なこと書いてたんだ」
なに言ってんだこいつ。
「・・・…」
「でもな、6年生になったら急にそれが気にくわなくなってきてなぁ・・・」
「・・・…」
「で、6年生の決意作文、好きな女の子に卒業式で告白しますって、書いた。嘘じゃねーぞ。当時もそれが本音だったしな」
「・・・どうなったんですか?」
河東が手を挙げて尋ねた。
いししは河東の顔をちらりと見た後、続けた。「告白した。卒業式の日に」
「ええーーーーーーっ!」
「で、ふられた!!」
「ええーーーーーーっ!」
気がつくと俺はいししの話に夢中になっていた。
「それで、今その人どうしてるんですか?」山里が恐る恐る尋ねると、いししはまんざらでもなさそうな顔で答えた。
「どうなったんだと思う?」
いししがにやけて、前川に問いかける。
「もう会ってないとか」
前川がその問いに答えるなり、いししはバカヤロウと呟いて言った。
「今の女房だ よ !」
「嘘だ!だってふられたんでしょ?」
篠木の言葉に、いししはこう返した。
「あー。あんときは確かにふられた。でもな、中学高校とアプローチしまくったら4年前の同窓会で向こうから告白された。で、今に至るって訳だ」
どうだすげぇだろ、とばかりの会心の笑顔。
すげ。
やべ。
「先生、あと3分でチャイム鳴りまーす」
半田が手を挙げて言う。
「ん?ああ、そうだな。とにかく言いたい事は、6年生の時の決意が人生を変えるかもしれないから、慎重にふざけないで書けってこと。さ、一時間目は算数か。宿題はやってきただー・・・・・・」
ここから先はあまり話を聞いてなかった。