刺青と正義
呪いに近い信念を身体に刻んだ男の話。
ヒーローになりたかった。
子どもの頃からずっと思っている。
正体を隠し、ベルトで変身して、悪を一掃する格好良い正義のヒーロー。
そんな人間になりたかった。
実際の俺は就職に失敗しフリーター。生まれつき病的に痩せていて、顔色も悪い。
おまけに人相も悪くて姿勢も悪い。
それでもヒーローになりたかったからバイトは身体を鍛える為に運送業にした。
家でも器具を揃えて毎日腕立て伏せや腹筋など体づくりに励み、休みの日は道端や繁華街でゴミ拾いをしている。
ヤバい奴が何か集めてると三回くらい通報された。
俺の身体の首から下には俺の信念が刺青で刻まれている。誰にも見せた事はない、俺だけの信念。
「刺青はファッションじゃねぇ、己の信念だ。
信念は決して見せびらかすもんじゃねぇ。」
そう彫師の先生に口酸っぱく言われた。
ヒーローになりたいのならそんなもの身体に入れるなと言われるかもしれないけど、これは俺を戒める為にある。
子どもの頃、俺は親父に殴られる母さんを護れなかった。
物陰に隠れて怯える事しか出来なかった。
精神を病んだ母さんは最期に俺の手を掴み、震える声で「誰か助けて」と呟いた。
母さんはヒーローを待っていたのに誰も来なかった。本当は俺が母さんのヒーローにならなければならなかったんだ。
大切な人を救えなかった無力さを俺は呪った。
だからこの身体に刻んだ刺青は、一生かけても誰かを護るという俺の自己満足であり、自己暗示でもある。
ただ、人相と雰囲気はなかなか変えられず、俺が何をやっても人は避けるし怖がる。
別にゴミ拾いも褒められる為にやっている訳ではないけど怖がられてるなら辞めるべきなのか、と今日も人通りが多く治安の悪い繁華街でゴミを拾いながらぐるぐると考えていたその時──。
叫び声が聞こえた。
人々の視線が集まる方を見ると、少し離れた場所で大きなナイフを持った男が何かを喚いている。
「通り魔だ!」
誰かが叫び、混乱した人々が逃げ惑う。
男は老人や女性を執拗に狙い、切りつけていた。
俺は一瞬、頭の中が真っ白になった。
助けなきゃ、今助けないでどうする?
何の為に鍛えてきたんだ?
俺の憧れたヒーローなら迷わず立ち向かうだろ?
言うは易く、行うは難し。
刺されるかもしれない、殺されるかもしれないと考えてしまった俺の足は、全く動かなかった。
あぁクソッ腑抜け野郎。
動け!動け!動け!動け!!!
俺は自分の足に爪を食い込ませる。
その時、ナイフ男は親子連れに向かって走った。
転んだ母親を庇うように小さな男の子が両手を広げ、涙目で男を睨みつける。
その瞬間、親子の姿が昔の俺と俺の母親に重なった。
男の子の背中にはマントが大きくはためいているように見えた。
そうだ、母さんを助けたかったんだ。
あれはあの頃の俺がなりたかった、ヒーローだ。
「やめろ!!」
俺は叫びながら手に持っていた空き缶のゴミを男に投げ付け、子どもの前に立った。
よろけた男が大きく振りかぶり、ナイフが俺を切り裂く。
正確には切り裂かれたのは、──俺の服だ。
シャツが斜めに引き裂かれ、俺の身体が晒される。
細いながらも引き締まった俺の身体には変身ベルト、そして俺が子供の頃から考えているヒーロースーツの刺青が首から下をびっしり覆っていた。
まるで本当にヒーロースーツを着ているかのように。
俺が男を殴り地面に叩き付けると、周囲にいた数人の男性も加勢して男を押さえ付けた。
この現場を遠巻きに見ていた人々は奇異の目で俺の身体を見ながらコソコソ話し、スマホで勝手に写真を撮り、クスクスと笑っていた。
──やっぱりそうだよな。変だよな。
別に褒められたくてやってる訳じゃないし、と俺は引き裂かれたシャツを無理矢理羽織り、その場を去ろうとした。その時。
「お兄ちゃん、それ身体にお絵描きしてるの?」
先ほど男から庇った男の子が俺を見上げて言った。
「ベルトも?」
無垢な瞳、俺みたいな人間も差別する事なく見上げる姿が眩しかった。
「そうだよ。怖がらせてごめんね。」
ママを守れて偉いね、と俺が子どもの目線に合わせてしゃがむと、子どもはキラキラした瞳で俺の身体を眺めて呟いた。
「かっけぇ。」
俺の目が僅かに大きく開く。
俺が子どもの頃ヒーロー番組を観ていたあの時と、同じ表情だった。
〈終〉




