分離
私はそのまま気を失ってしまった。
朝、鳥の鳴き声と共に目が覚めた。
昨晩の記憶が途中からない。
寝室を出ると、
キャサリンがやたら恥ずかしそうにしている。
「おはよう」
と私が言うと、
顔を真っ赤にして、
「おはよう」
と返した。
私はジュピター・オーゲストと話をしたくなり、
声をかけたが、まるで何も返ってこない。
いったい昨晩……。
何があったのか。
「お母様、今日なんだかキレイだね。お化粧してるの」
とピノは尋ねた。
「うんうん。お化粧はしてないわよ」
キャサリンは笑って、ピノの頭をなでた。
私は察した。
昨晩、この身体は
私ではなくジュピターだったのだろう。
キャサリンがこちらをチラチラ見る。
「どうした」
と私は尋ねた。
「いや別に……。なんでもないわ」
キャサリンは笑った。
食事を済ませると、
ハンケルの声がする。
私は荷物をまとめ、
外に出ようとする。
「ジュピター。ちょっと待って」
キャサリンは私にそっとかけ寄り、頬にキスをした。
「いってらっしゃい」
キャサリンは恥ずかしそうに笑った。
私は笑顔を作ったが、脳内は爆発しそうだった。
私は美しいスジよりも、
キレイなモノに出会ったのかもしれない。
そう感じた。
私が変な表情をしていたのか。
「今日は締まりのない顔してますね」
ハンケルは軽口をたたいた。
そりゃ締まりのない顔にもなるよ。
定年まで女っ気がなかった男に、
突然春が訪れたのだから……。
「そういえば、公開基金どうします?」
ハンケルは言った。
「どうするのが良い?」
と私は尋ねた。
「そうですね。まず運用方針を明確にし、公示をすることですね」
ハンケルは答えた。
「モンスン商会にはどう答える」
と私は尋ねた。
「感謝の意を示し、もしよければこの公開基金に寄付をと……書状を送ればよろしいのでは?」
ハンケルは言った。
「わかった。では全ての素案を頼んでもいいかね」
と私は尋ねた。
「もちろん。お作りします」
ハンケルは胸を叩いた。
ハンケルが素案を作成している中、
私は奉行所の庭で蟻の行列を観察していた。
子供の頃、
1時間でも2時間でも蟻を観察できた。
しかし、
今は10分ももたない。
なぜか?
そんなことを考えていた。
私はスジの事を考えた。
効率性を考え、
ギチギチのスジを書くこともできる。
しかし、
効率性を考えすぎると、
少しの衝撃で、
交通網が破綻する。
破綻のリスクと、
効率の追求。
これを同時にやってのけるのが、
一流のスジ屋だと、
私は思っている。
この蟻たちは、
フェロモンというシンプルな機能を使い、
効率の良いシステムを作り上げている。
かたや人間はどうだ。
流通システムだけでいうと、
何もしなければ、すぐに混沌に陥ってしまう。
大きな脳を持つ人間が、
流通機能においては、
蟻にも劣る。
そんなことを、私はしばらく考えていた。
私は執務室に戻り、
陳情書を眺めていた。
陳情書が送られてきたスジと、
そこにある商店を見比べる。
そこに先日の移動で、
打撃を受けた業種を重ね合わせる。
そこで私は一つの事に気が付く。
小規模の食事処が多い……。
これはどういう事か。
私は供を連れ、
その食事処を一軒一軒回った。
すると……。
その食事処のほぼ全ての客層が、
馬車関係だという事がわかった。
私は、
一つの仮説を立てた。
もし馬車関係者が集まるところができたら、
小規模飲食店にとっては良いのではと……。
そこで、
再び、食事処を一軒一軒回る。
「仮に、
馬車関係者が集まるところができたら、移転したいか?」
と……。
そう尋ねた。
すると多くの店主が、
「そんなところができたなら、喜んで行きたい」
そう答えた。
私はこれは妙案だと考え込んだ。
しかし……。
馬車関係者が集まるところとは?
現代で言えばガソリンスタンドのようなものか……。
馬は何を食べているのだ?
私は供の者に尋ねた。
「少し変な質問をする。馬は何を食べているんだ」
「それは確かに変な質問ですね。草ですよ。草。ほらあそこで売っているでしょ」
と供の者は指をさす。
「あの店は?」
と私は尋ねた。
「あれは馬屋です。馬の餌やりや手入れ、馬を貸したりもします」
と供の者は答えた。
私は今回売上が下がった業種に馬屋があったことを思い出した。
これだ。
そう思った。
私は今度は、
馬屋に
「馬車や小規模の飲食店が集まるところができれば、移転したいか?」
そう一軒一軒尋ねて回った。
すると半数の店主が、
「そんなところができたなら、喜んで行きたい」
そう答えた。
……
私が奉行所に着くと、
ハンケルが待っていた。
「出来ましたよ」
ハンケルは言った。
私は、
素案を見る。
キレイにまとめられた案だった。
「わかった。これでやってくれ」
と私は答えた。
「では早速」
ハンケルは言った。
「少し待ってくれ。一つアイデアを聞いて欲しい。良いか」
と私は尋ねた。
「もちろんです」
ハンケルは答えた。
「今回売上が下がったのは、馬屋と小規模飲食店だ」
と私は言った。
「そうですね」
ハンケルは答えた。
「そして小規模飲食店の主要な客は馬車関係者なんだ」
と私は言った。
「そうなんですか。それがなにか?」
ハンケルは尋ねた。
「馬屋と小規模飲食店を集めた地域を作り、そこを馬車が集まる拠点にしてはどうかと思うんだ」
と私は答えた。
「……ちょっと待ってください。それはずいぶん大胆な案ですね」
ハンケルは鼻をかいている。
「どうなると思う?」
と私は尋ねた。
「そりゃ馬車にとっても、馬屋にとっても、小規模飲食店にとっても良い話です」
ハンケルは答えた。
「懸念点はあるか?」
と私は尋ねた。
「たしかに効率はいいですが、ちょっと話が大きすぎて見えません」
ハンケルは考えあぐねているようだ。
「では。悪くない案だと思うか?」
と私は尋ねた。
「そりゃ、もちろん妙案だと思います」
ハンケルは答えた。
「では、現実的に可能かどうかだな」
と私は尋ねた。
「そうなりますね。
可能であれば、それは皆に利益になる話だと思います」
ハンケルは言った。




