ジュピター・オーゲストの亡霊
突然頭が割れるように痛くなり、
私はその場にうずくまってしまった。
頭の中から声が聞こえる。
「おい。
てめぇ……、
キスもしたことがねぇのか?」
誰かの声が聞こえる。
「君は誰だ」
と私は尋ねた。
「その体の持ち主だよ」
再び声が聞こえる。
「君はジュピター・オーゲストなのか」
と私は尋ねた。
「あぁそうだよ」
再び声が聞こえる。
「あぁそうか。いや、私は無争竹明というもので、君の身体に転生したようだ」
と私は答えた。
「そうみたいだな」
ジュピター・オーゲストは答えた。
「君はいまどこにいる」
と私は尋ねた。
「一応な、天国にいるみたいだな」
ジュピター・オーゲストは答えた。
「あぁそうなのか。私は死んでここに来た」
と私は答えた。
「まぁ俺も、しばらく天国でノンビリして、暇になったら転生するみたいだけどな」
ジュピター・オーゲストは言った。
「そりゃ羨ましいな。私はイキナリだからな。説明もなしに」
と私は答えた。
「そっかそっか。大変そうだな。それでお前さん、なかなか奉行の筋が良いじゃねぇか」
ジュピター・オーゲストは言った。
「そうか。そう言われたらうれしい。ありがとう」
と私は答えた。
「そっちの奉行は、お前に全部任せるよ」
ジュピター・オーゲストは言った。
「わかった。頑張る」
と私は言った。
「それでだ。俺のキャサリンとピノを大事にしてやってくれ」
ジュピター・オーゲストは言った。
「もちろんだ。ただ私は前世で女っけがなかったから、どうしたらいいかわからない」
と私は答えた。
「ほっぺにチュッってやればいいんだけどな。
初めてだと緊張するんだろうな」
ジュピター・オーゲストは言った。
「そうだ。多分緊張しすぎて死ぬ」
と私は答えた。
「お前さん。領主にあんなディールをかけといて、女一人に緊張するだなんて、変わってるな」
ジュピター・オーゲストは言った。
「そうだ。女性の前ではポンコツだ」
と私は答えた。
「よしわかった。キスするときに、俺がちょっと身体を乗っ取ってやる」
ジュピター・オーゲストは言った。
「よしわかった。頼む」
と私は答えた。
「おっさん。頼むじゃねぇよ。そんなにガチガチだったら、コントロールを奪えないだろうが」
ジュピター・オーゲストは言った。
「あぁそうか。リラックスだな、リラックス、リラックス」
と私は呟いた。
「堅ぇよ。ガチガチだよ。お前、リラックスもしたことねぇのか?」
ジュピター・オーゲストは尋ねた。
「キレイなスジが引けた時は、リラックスできた」
と私は答えた。
「スジ?意味がわかんねぇが、その時のことを思い出してみろ」
ジュピター・オーゲストは言った。
「よしわかった。スジ。きれいなスジ。あぁ……、あぁ……、美しい……」
と私は呟いた。
「お前、変態だな。よし入るぞ」
ジュピター・オーゲストは言った。
身体の動きがおかしくなった。
私は目を開ける。
二人が心配そうに見つめている。
「お父様の目がパチッてした」
とピノはキャサリンの腕を引っ張った。
「ジュピター、だいじょうぶ?」
キャサリンは心配そうな顔をしている。
声が出ない。
「ピノ、キャサリン、会いたかったよぉ」
ジュピター・オーゲストは言った。
そうか……。
今はジュピター・オーゲストが身体を動かしているのか。
「えっ、お父様が戻ってきた」
とピノは言った。
「ジュピター。あなたなの?」
キャサリンは目を見開き、涙を浮かべている。
あぁそうか……。
やはり、ジュピター・オーゲストがいいんだ。
私は単なる代役に過ぎない。
「なに言ってる。俺はずっとジュピター・オーゲストだ。
ちょっと記憶の混乱はあるけどな」
ジュピター・オーゲストは答えた。
「だって……、あなた急に賢くなったり、急にキスしてくれなくなったりとかで、ビックリしたのよ」
キャサリンは言った。
「あぁ……、それは知られざる能力が覚醒したんだよ。それで以前の俺と整合性が取れなくなって。そういう感じだけど、俺は俺だ」
ジュピター・オーゲストは答えた。
「ジュピター・オーゲスト……、君は戻りたいんじゃないのか」
と私は尋ねた。
「……うん、どうだろうな。死んじまったからな」
ジュピター・オーゲストは答えた。
「そのまま乗っ取ればいいじゃないか」
と私は答えた。
「そうしたら、どうなる」
ジュピター・オーゲストは尋ねた。
「わからない。私が追い出されるのじゃないか」
と私は答えた。
「お前はそれでいいのか?」
ジュピター・オーゲストは尋ねた。
「そりゃ未練はある。この世界は混沌としている。美しい秩序のある世界にしてみたい」
と私は答えた。
「それで二人は幸せになれるか?この国の人たちは幸せになれるか?」
ジュピター・オーゲストは尋ねた。
「わからない。
私のいた世界では道路交通網は、この世界よりはるかに発展していた。
物も豊かだった。
でも人々は常に何かに追い立てられるように働いていた。
私はスジを整えることで人々の時間を守っていたが、
それが結果的に人々を苦しめていたのかもしれない」
と私は答えた。
「行きつく先が苦しみかもしれないのに、それでもスジを整えたいのか?」
ジュピター・オーゲストは尋ねた。
「馬車と馬車が衝突する。そういうことが起きない世界。それは美しい」
と私は答えた。
「俺もお前の行動を観察してたが、あれは確かに爽快だった。
拳骨一つ使わずに、お前はそれをなしとげた」
ジュピター・オーゲストは言った。
「あぁ、それがスジ屋だ」
と私は答えた。
「そうか……、まぁこの身体はお前に譲るわ」
ジュピター・オーゲストは言った。
「良いのか?」
と私は尋ねた。
「あぁ。お前なら本望だ。とりあえず彼女達と話すわ」
ジュピター・オーゲストは言った。
「あなた大丈夫?」
キャサリンは心配そうに見つめている。
「あぁ……、大丈夫だ。どうやってキスしてたっけって思い出してたんだ」
ジュピター・オーゲストは答え、
キャサリンを引き寄せ、そっと口づけを交わした。
「キャッ」
とピノは目を手で閉じる。
キャサリンは私の身体を抱きしめた。
その手は少し震えていた。
体のぬくもりと、彼女の心臓の音が私にも伝わってくる。
柔らかい唇と、唇のぬくもり。
彼女の匂いが……、
頭の中をかけめぐる。
私は気を失いそうになるのを必死で止め、
この瞬間を全身全霊で受け止めようとした。
「うぶな坊やだな」
ジュピター・オーゲストの笑い声が聞こえた。




