変化
交通規制を始めてから、3日が経った。
俺とハンケルは、規制場所を視察して回っていた。
そこで身なりの整った一人の男が、
ボーっと座っているのを見た。
「あれは誰だ」
と私は尋ねた。
「モンスン商会の者ですね。何をしているのか聞いてきます」
とハンケルは走っていった。
数分ハンケルは話をして、こちらに戻ってくる。
「それで、なんだったのだ?」
と私は尋ねた。
「それがですね。あの者はクレーム担当者でして、この一方通行の規制で、馬車同士の衝突がなくなり、思いっきりヒマになったと、そう言ってました」
とハンケルは答えた。
「なるほど、トラブル対応で稼いでいた者は、稼げなくなるって事か」
と私は呟いた。
「そのようですね」
とハンケルは苦笑いをした。
「しかし、私はトラブルを減らすのが仕事だ。トラブルで食っていた人間とは、衝突を起こすのは仕方がないのかもしれんな」
と私は頭をかいた。
「実は、これ以外にも問題が起きています」
とハンケルは言った。
「なんだ?」
と私は尋ねた。
「売り上げが下がったと主張する者が、少なくないのです」
とハンケルは答えた。
「そうか……、まぁ現場に行ってみよう。案内してくれ」
と私は言った。
「こちらです」
とハンケルは私をその店まで案内する。
そこは規制が行われている道路の中央辺りに位置するパン屋だった。
パン屋の売上が下がる。
私には意味がわからなかった。
「店主はいるか」
とハンケルは大声で叫ぶ。
「こちらです。あぁハンケル様」
と男が頭を下げる。
「こちらが店主です。このお方は奉行殿だ」
とハンケルは言った。
店主は頭を下げる。
「この規制が始まってから、売上が下がったそうだが、どういう訳だ?」
と私は尋ねた。
「それがですね。私もこの馬車の衝突での喧嘩は、ストレスの種になっていたものですから、正直ありがたいのです。ただ、どういうわけか、客足が遠のいている。そんな感じがするのです」
と店主は言った。
「実際に売上が下がっているのか?」
と私は尋ねた。
「はい。2割ほどです」
と店主は頭をかいた。
「それは曜日特有のものとか、そういうのではなく?」
と私は尋ねた。
「私も真っ先にそれを疑いましたが、そうじゃないんです」
と店主は言った。
「原因に心当たりは?」
と私は尋ねた。
「それが、うちの小僧が言うには、衝突があったころには、馬車が立ち往生するから、仕方なくうちに入る客が多かった。今はスムーズに進むから、他の店にお客が行くというのです」
と店主は言った。
私は考えた。
それは手当すべき案件なのかと。
店主本人もそう思っているようで、申し訳なさそうな顔をしている。
ここで、何か具体的なことを言うのは、政治的に問題があるだろうと思い、私は何も答えないことにした。
「なるほど、貴重な意見をありがとう。では失礼する」
と私は頭を下げ、その場を立ち去った。
「よろしくお願いします」
と店主は頭を深々と下げていた。
スジ屋時代は、頭を下げることが多かったので、
こうやって頭を下げられるのは悪い気持ちはしないが、
同時にプレッシャーになるものだと、はじめて気が付いた。
「なかなか一筋縄ではいかないものだな」
と私は言った。
「そうですね。お気持ち察します」
とハンケルは答えた。
ただ、
実際に道路を見ると、以前とは比べ物にならないくらいスムーズに流れている。
道路幅が狭いという特性を考えると、この結果は上出来だろう。
「どうだろう。ハンケル。この方法は……」
と私は尋ねた。
「多少の犠牲はありそうですが、理にはかなっているとは思います」
とハンケルは複雑そうな顔をしている。
「君も複雑な心境なのか」
と私は尋ねた。
「そうですね。驚きが大きいですね。衝突はマイナスになるものとばかり思っていましたが、それで潤うところも少なくないということが、意外でした」
とハンケルは答えた。
「私もだ。理論上は理解していたつもりだが、現実的に問題が起きているところを見ると、どうやればいいのか困る」
と私は頭をかいた。
私たちはそれからも、毎日視察に向かった。
この視察からわかったのは、
街は確実に効率よく回っているということ。
そして、それにより街全体のストレスは減っているということだった。
しかし、逆の見方もあった。
衝突が起きることでの商売が、成り立たなくなっているということだった。
私たちは1か月の間データを集め続けた。
結果……、
渋滞で失われる損失10に対して、
渋滞が緩和したことで失われる利益が1ということがわかった。
私たちはそれを知ったうえで、
反対派の声に押され、
再び元に戻すことに決めた。
……
一方通行をやめて3日後。
混乱は以前より増しているかのように感じた。
街のあちこちで怒声が飛び交っている。
反対派と賛成派同士の争いも頻繁に起き始めた。
私が投入した一方通行という施策で、街が二分された。
1週間後、事件は起こった。
馬車が衝突を起こし、喧嘩が発生し、それに驚いた馬が馬車をひっくり返し、
近くの反対派の商店に突っ込み、
そこにいた常連の老婦人と店主が怪我をした。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私は店主を訪ねる。
「今回は……、なんと言っていいのか」
と私は言った。
「いや。あなたは悪くない。申し訳ないが、あの一方通行をまた再開してもらえないだろうか?反対派の店主たちには、俺が話をするから」
と店主は力なく答えた。
後から聞いた話では、反対したことで、売上の多くが飛んでしまったらしい。
実は売上の多くは、近隣住人によるものだったようで、不買運動が起きたようだった。
私は、他の反対派の店主たちとも話をし、一方通行をやめてから2週間後、
一方通行に戻すことにした。
私たちは、
今回集めたデータを公開することにした。
今回の施策でどこが損失を回避し、
どこが損失を受けたかを、明確にした。
そして、
損失を受けた者たちの声も公開した。




