気持ちが一方通行なのは嫌われますが、案外と一方通行も悪いものではないのですよ。
翌朝、
ハンケルが迎えに来てくれて、
奉行所に向かう。
もちろん歩きだ。
あぁそうそう……、
妻は相変わらず美人で、娘は可愛かった。
二人からほっぺにキスをされ、
生涯独身だった私としては、
ここが天国ではないかと何度も考えてしまう。
奉行所の執務室は、
飾りっけのないシンプルなものだった。
整理整頓され、
ジュピター・オーゲストは堅実な男だったんだろうなと
改めて感じられた。
彼の名誉を傷つけないように、
働かなければ……。
「昨晩の件ですが、今お話ししてもよろしいですか?」
とハンケルは尋ねた。
「あぁ頼む」
と私は言った。
「まず案としては、標識を作る。説明会を開く。職員を配置し口頭で促す。一軒一軒伝えに回るくらいですね」
とハンケルは答えた。
「そうだね。それくらいだろう。コストはどのくらいかかる」
と私は尋ねた。
「標識が一つ当たり1Gで3つで3G。説明会は掲示板で告知するだけなら0.1G。会場は広場で行いますからタダですし、職員をそのまま使いますから追加のコストはかかりません。職員を配置し口頭で促す場合も、一軒一軒伝えに回るのも、職員をそのまま使いますから追加のコストはかかりません」
とハンケルは答えた。
「ただその間、その職員は別の作業に取り掛かれないという事だね」
と私は尋ねた。
「そうなります」
とハンケルは答えた。
「どれくらいの期間、テストすれば良いだろう?」
と私は尋ねた。
「3か月と言いたいところですが、商人たちの事を考えると、1か月が限界でしょうね」
とハンケルは顎を触った。
私は窓から外を見る。
窓には窓ガラスが入っていなかった。
そうか……、
この時代はまだ窓ガラスが普及していないのか。
少し冷えるな。
「この窓、閉めてもいいかな?」
と私は尋ねた。
「閉めてもいいですが、真っ暗になりますよ。ロウソクの光だけでは」
とハンケルは不思議そうな顔をした。
「あぁそうだな。言ってみただけだ」
と私は笑った。
「しかし、そういう記憶まで曖昧になるのですね」
とハンケルは言った。
「そうなんだよ。不便で困る」
と私は答えた。
「それで……、
何から始めましょう」
とハンケルは尋ねた。
「そうだな。開始日と終了日だな。開始日は1週間後でどうかな?」
と私は答えた。
「はい。それで問題ないかと」
とハンケルは言った。
「では次にやるのは、どの手段で告知するかだが……、
一軒一軒伝えに回るのは、職員の負担が大きいから、説明会にしよう。
回数は3回にすればどうだ?」
と私は尋ねた。
「はい。3回もやれば十分でしょう。簡単な説明を掲示板に書いておいて、必要な方は来てもらうとすればどうでしょうか?」
とハンケルは答えた。
「そうだな。簡単な説明だけで理解してくれる連中にまで、説明する必要もないからな」
と私は言った。
「あとは、当日どうするかですね」
とハンケルは言った。
「実際さ。標識を作ったところで、従う奴がいると思うか?」
と私は尋ねた。
「まぁ、たしかにいないでしょうね」
とハンケルは苦笑いをした。
「では、その期間は職員を派遣しよう」
と私は言った。
ハンケルはうなづいた。
……
それから急ピッチで、作業は進められた。
職員の中にも、
一方通行という観念が、そもそもない者が多く、
説明に少し時間がかかった。
説明会に来たのは、全部で100名程度だった。
ハンケルは、
「簡単な説明だけで理解してくれたのでしょうね」
と言っていたが、
私は嫌な予感しかしなかった。
そして、
その勘は的中した。
一方通行の実施初日、
いつものように、
ピノとキャサリンに笑顔で見送られ、
私とハンケルは奉行所に向かう。
そして現場の見回りだ。
午前中は人通りも少なく、
問題はなかった。
しかし、昼を過ぎて、
あちらこちらで渋滞が始まった。
場所は、
一方通行になった場所の流入できない側だった。
そこで職員が説明に追われている。
(なんで昨日まで通れていた道路が通れない)
(責任者を呼べ)
怒声が響く。
想定通りの展開だった。
いつの時代も、
文句を言う利用者はいる。
私鉄の車掌時代もそうだった。
「ルールですので」
と言っても、
「そんなモノは聞いてない」
「責任者を呼べ」
「特別扱いしろ」
「ここはおかしい」
同じセリフしか出力できないNPCかと思うくらい、
同じようなクレームを言われた。
私は近づき、こう言った。
「私はジュピター・オーゲスト。
この街の宿場奉行です。
今回の件は私が指示しました。
掲示板に案内を出し、
100名の方に説明会に来ていただきました。
この道は衝突が多いと、数多くの方から苦情を頂いております。
他国で実績がある方法として、一方通行にさせて頂きました。
まずは1か月の間、実験的に行わせていただきます。
もし必要とあらば、直接商会の主にお話をしますが、
あなたはどちらの商会の方でしょうか?
お名前をお聞かせ頂けますか」
と私は言った。
男の表情が変わった。
責任問題になるかもしれない。
そう感じたのだろう。
「あぁそうか。それは聞いていなかった。わかった。ルートを変更するよ」
と男は力なくそう言った。
それからも、私は一日中、同じ説明を繰り返した。
ハンケルが隣で感心していた。
「どうしたんだい」
と私が尋ねると、
「いえ。前はこんな事があると、まず殴りかかっていたのに、頭を打って、ずいぶん大人しくなったなと思いましてね」
とハンケルは笑った。
「私は、そんなに乱暴者だったのかい?」
と私は尋ねた。
「そりゃもう。宿場奉行なんてクレーム担当をするのも、腕っぷしが強いからですから」
とハンケルは少し目をそらした。
私は、少々このジュピター・オーゲストという男を勘違いしていたのかもしれない。
そう思った。
「それで、問題はあるかい?」
と私は尋ねた。
「いえいえ、喧嘩になるより、こっちは助かります。始末書を書いていたのは俺なんで」
とハンケルは頭をかいた。
私は、どうやらとんでもないヤンチャな奉行に転生してしまったようだ。




