宿場同士の喧嘩
外に出ると、大柄で温厚そうな男がいた。
「ひさしぶりハンケル。彼は頭を打って、記憶が曖昧なの。
私の事だって、わからなかったぐらい。たぶん大丈夫だと思うけど、
フォローと説明をしてあげて。
記憶が途切れているだけで、理解力は衰えていないようだから」
とキャサリンは言った。
「あぁわかった。
オーゲストさん。
私はあなたの部下のハンケル。
なんでも聞いてくれ。
今日は、これから宿場同士の喧嘩の仲裁に向かいます。
いつもの事ですが、道を譲る譲らないの問題で、揉めてます」
とハンケルは答えた。
「よろしく頼むよ。ハンケル。
いつもは私はどのように問題を解消しているのかな」
と私は尋ねた。
「コインの裏表です」
とハンケルは頭をかいた。
「それだったら、本人たちでやれば良いのじゃないか?」
と私は尋ねた。
「そうは行きません。馬車が戻るのは大変です。本人同士だと、不正だイカサマだと喧嘩になります」
とハンケルは言った。
「じゃあ……、いってらっしゃい」
ピノとキャサリンは笑顔で手を振った。
「わかった。とりあえず現場に向かうよ」
と私は言った。
「こちらです」
とハンケルは言った。
現場へ向かいながら、
私は辺りを観察していた。
道路は石畳で道幅は狭い。
家は石造り。
空が近く、
高い建物は教会ぐらいか……。
それに街灯が灯っていない。
電気もなさそうだし。
「その宿場同士の喧嘩、道を譲る譲らないの問題はよく発生しているのか?」
と私は尋ねた。
「毎日です。普段は5分ほどの話し合いで済みますが、今回の宿場同士は犬猿の仲なので、奉行がこられないと収拾がつかないのです」
とハンケルは答えた。
「今日はどこで衝突があったんだ」
と私は尋ねた。
「街中の道路ですね」
とハンケルは答えた。
「道幅が狭いようだが、どこもこんな感じだったかな」
と私は尋ねた。
「もちろん、ここだけでなく、街道もどこもこんな感じです」
とハンケルは答えた。
「馬って後ろに歩けたっけ?」
と私は尋ねた。
「訓練した馬であれば可能ではありますが、難しいですね」
とハンケルは答えた。
「じゃあ、馬車ならなおさら引き返すのが難しいんだよな」
と私は尋ねた。
「そうです。それが問題の原因です。あぁ着きました」
とハンケルは指をさした。
そこには大きな男が、今にも喧嘩しそうな勢いで睨みつけている。
「奉行がこられましたよ」
とハンケルは言った。
「それで、私はコインを投げればいいんだね」
と私は尋ねた。
大きな男たちは、うなづく。
「じゃあ、君は裏、こっちの君は表」
とハンケルは言った。
大きな男たちは、再びうなづく。
私はコインを投げる。
柄は……。
「これは」
と私はハンケルを見た。
「表です。じゃあ速やかに移動するように」
とハンケルは言った。
男たちは荷馬車を移動し始める。
興味があったので、見ていると、
たしかに大変そうだ。
ハンケルも隣で腕を組んで見ている。
これは、どこが詰まりやすいか……。
調べたほうが良さそうだな。
「ハンケル。
この荷馬車同士の衝突……、
どこの道が多い?」
と私は尋ねた。
「衝突が多い場所ですか。
そうですね。
この街の最も北側の道路。
南側の道路。
あとは中央の道路が、
もっとも衝突が多いです」
とハンケルは答えた。
「この街は、どの道も北にも南にも、西にも東にもいけるようになっているのか?」
と私は尋ねた。
「そうです」
とハンケルは答えた。
「私の権限で、どちらか一方にしか走れないようにはできるか?」
と私は尋ねた。
「……そうですね。それはできますが、
反対が出るのでは?」
とハンケルは答えた。
「衝突がなくなるとしたらどうかな?」
と私は言った。
「それは反対する者もいないでしょう」
とハンケルは答えた。
「この街で馬車を使う者は、どれくらいいる?」
と私は尋ねた。
「そうですね。およそ300ほどかと」
とハンケルは言った。
「この街の地図はあるか?」
と私は尋ねた。
「こちらです。衝突が頻繁に起きるのは、ここ と ここ と ここですね」
とハンケルは指をさした。
地図を見た瞬間……、
前世の方眼紙が一瞬フラッシュバックした。
地図の道が色分けされて見える。
矢印が見える。
頭の中で馬車が流れ始める。
人々の笑顔が……、
あぁ気持ちがいいーーー。
「……わかった。ではここを東から西への一方通行。ここを西から東への一方通行。
ここを北から南への一方通行にしよう」
と私は答えた。
「しかし……、
ここの場所の商人は、遠回りになると反発をします」
とハンケルは言った。
「わかっている。ただ大丈夫だ。実験的にと答えればいい」
と私は笑った。
「……もし、失敗したら」
とハンケルは眉をひそめた。
「失敗……、
そうだな。
実験の結果、この方法はこの場所では活用できない事がわかりました。
と答えれば良い」
と私は笑った。
「それは酷くないですか」
とハンケルは言った。
「いや……、問題ない。
本当の問題なのは、
活用できない制度を、
プライドが邪魔をして野放しにすることだけだ」
と私は答えた。
「誰かさんに聞かせたい言葉です」
とハンケルは笑った。
「……まぁ面と向かって言えば、首が飛ぶだろうがな」
と私は笑った。
私の脳裏には、
ある上司のニタついた顔が浮かんだ。
会議室。
多量に積まれた書類の山。
「責任は誰が取るんだ!」という怒号。
そして目のふちが真っ黒になって、
ふらふらしている社員たち。
あいつ……、
あの一件で3億円溶かしたんだもんな。
いかん。いかん。
「たしかに、実験という事なら、問題なさそうですね。
ではどうしましょうか」
とハンケルは尋ねた。
「そうだな。
実際の運用をするには、どうしたらいいか。
考えてくれるか。
その素案を私が見直して、実行するとしよう」
と私は答えた。
「わかりました。ではまずご自宅にお見送りします」
とハンケルは言った。




