人馬休宿
セバスの手助けもあり、人馬休宿プロジェクトは急ピッチで実行された。
公開基金も、ハンケルが動いてくれたおかげで、スムーズに寄付を集めた。
ただ、問題がなかったわけではない。
いくつかの問題はあった。
一つの問題は、
人馬休宿に宿を組み込むかどうかの問題だった。
これまでの慣行でいうと、御者(馬車の運転手)は宿には泊まらない。
例えば貴族の移動などでも、貴族は良いホテルに泊まるが、御者は馬の近くで寝ることが多かった。
御者もそれが当たり前だと思っているから、宿を作っても泊まらないだろうと考える者が多かった。
ただ冬場には、それで凍え亡くなる者や、体調を崩す者も多く、この国では慢性的な御者不足に悩まされていた。
私はこの問題に対して、こう提案した。
「御者は交通の要を担う者です。このまま問題を放置しておりますと、将来御者の担い手がいなくなり、交通は人手不足という原因で崩壊してしまいます。
そこで、非常に簡易な宿を安値で提供するというのは、いかがでしょうか?」
「非常に簡易な宿……。どの程度簡易なのだ」
領主は尋ねた。
「まずスペース的には、ベッド一つ分のスペースにします」
と私は答えた。
「それでは気も休まらぬではないか」
領主は言った。
「それは領主様の感覚です。普段から野宿をしている者にとって、雨風をしのげ、清潔な毛布などがあるだけで、それは十分なのです」
と私は答えた。
「たしかに、それは一理ありますな。
しかし食事を出したりすると、それ相応の料金になりますぞ」
とセバスは言った。
「食事は出しません。近くに飲食店がありますので、そこで好きなものを飲み食いすれば良い」
と私は答えた。
「侍女の給金などはどうする」
領主は尋ねた。
「その簡易宿が提供するのは、場所と洗面器に入れた湯だけです。あとは日々毛布を干し、清潔に保ちます」
と私は答えた。
「なるほど……。
本当に最低限のことしかしないと。
しかしどこがその事業を行いますか?」
とセバスは尋ねた。
「もし領主様がされるのでしたら、領主様がしても良いでしょうし、そうでなくても、もともと簡易な宿泊所をやっているところがありますから、その宿泊所の別形態として提案してみても良いかもしれません」
と私は答えた。
「正直……、それは儲かると思うか?」
領主は尋ねた。
「そうですね。かかるお金は改装費と家賃、あとは人件費くらいでしょうから、十分採算は合うのではないでしょうか?」
と私は答えた。
「旦那様。旦那様がされるのでしたら、家賃はかかりません。当家の侍女を派遣して作業をさせれば、あとは改装費のみで、追加の費用はかかりません」
とセバスは領主に耳打ちをする。
あまりひそひそと話すわけでもなく、
こちらの耳にも入ってくるのが、
少しおかしかった。
「なるほど。御者は大事にしないといけない。当家がその事業を行おう」
領主は少し胸をはり答えた。
「御英断にございます」
と私は頭を下げた。
……
私たちは、
一か月もしない間に、人馬休宿を完成させた。
倉庫とはいえ、
もともとの建物があるので、
改装は最小限で済んだ。
そして、公開基金を使い、
飲食店と馬屋を移動させていく。
当初、移動を拒んでいた者たちも、
移動先で稼いでいる同業者を見て、
我先にと移動していった。
三ヵ月が過ぎたころには、
街中に馬屋はなくなった。
街は急速に再編されていく。
混沌と雑然にまみれていた町並みは、本来の姿を取り戻した。
私はスムーズに動く人馬を見て、
「美しい」
そう呟いた。
停滞していた一方通行規制だが、公開基金や、商人たちが移動資金を融通しあったことで、
ほとんどの道路に規制がかかることとなった。
この街で馬車同士の衝突が起こることは、ほとんどなくなった。
人馬休宿を作ったことで、
嬉しい副作用があった。
それは町中から馬糞の臭いが大幅に減ったことであった。
もともとこの国ではBSFという虫と豚を使い、糞尿を処理している。
しかし馬は走りながら糞をするので、この臭いが少し問題になっていた。
人馬休宿で馬が食事をすることで、街中で落ちる糞の絶対数が減り、悪臭問題もかなり解決した。
あと以前はよくあった、馬車での交通事故も大幅に減った。
両方から来る場合と、片側から来る場合とでは、やはり違うようだ。
……
私は、ほとんど休みを取らず、仕事に没頭していたこともあり、
領主から1週間の休みをもらった。
どこか家族でバカンスにでも行きたいところだが、
街にいろという命令で、街の外には出られない。
そこで家でノンビリすることにした。
「ひさしぶりの休みだ。なにしようか」
と私は尋ねた。
「なんでお休みなの。お父様ポンコツだから、お暇もらったの?」
とピノは言った。
「ピノ。どこでそんな言葉覚えてくるの。お父様は立派な方よ」
キャサリンはピノの口をふさぐ。
「まぁ私はね。外では有能だけど、父親としてはポンコツだよ」
と私は笑った。
「反省してるのね。許してあげるわ。せいぜい娘孝行と妻孝行なさい」
とピノは言った。
「ほんと。なに言ってるの」
キャサリンは笑った。
「そうだね、私も娘孝行と妻孝行をしてみたい。しかし、あいにくポンコツだから、何をしたら良いのかわからないのだよ。教えてくれるかい」
と私は尋ねた。
「そうね。世間のできる父親は、たまには手料理などを振る舞うものよ」
とピノは言った。
「そんな、ダメよ。お父様は料理はできないわ」
キャサリンは答えた。
私は一人暮らしをしていた前世のことを思い出していた。
野菜不足にならないように、味噌汁に多量の野菜を入れていたことを。
しかし……、
味噌はないしな。
あっちょっと待てよ。
バターならあるんじゃないか?
「バターはあるかい?」
と私は尋ねた。




