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スジ屋の定年退職

行列のできるラーメン店、パン屋……。

人は行列に心がひかれるものだ。

行列ができると、ここの品は良いに違いないと思ってしまう。


しかし、世の中には行列になってはいけないものもある。


行列のできる警察署、救急病院、葬儀場。

聞いただけでも嫌になるだろう。


そして私は、行列のできないシステムを作るのが仕事だった。

私はスジ屋。

電車を行列にさせないプロだ。


私は今日、定年退職をした。

勤務先は某私鉄だ。


やっていた仕事はスジ屋なんだが、

車掌などと比べ、

なじみの薄い仕事だろう。


要は電車を何時何分に発車させ、

何時何分にこの駅に何分停めさせるかというプログラムを書く人。

まぁとても地味だが大切な仕事だ。


もともとは車掌だったんだが、いろいろあってダイヤ作成部門。

つまりスジ屋に異動になった。


特殊な方眼用紙に、三角定規と色鉛筆。

これだけで、全ての運行を制御していた。

今はコンピューターに取って代わられたけどもね。


想像してみて欲しい。

電車が10分遅れる。20分遅れるのが当たり前の世界を。

スケジュール管理が、大変になるのではないだろうか?


こうならないためにいたのが、我々だった。


そして私は今日、定年退職した。

ずっと、スジ屋として歩き続けて。

ようやく交換駅が来た。

これからどういう分岐になるか……。

私はまだ考えていない。

退職金はある。

妻も子もいない。

独身。

動画配信者にでもなろうと思ったが、

スジ屋に話せることなどあるのだろうか。


私は毎日同じルートを使い、寄り道もせず、通勤していた。

定年退職した今……。

同じルートを使う必要があるのだろうか?


私は3分48秒考えた。


いや……。

ない。


私は通常どおり帰宅する設定を取りやめ、

人生ではじめて、歓楽街に足を伸ばした。

心臓の鼓動が激しくなる。


(どくん。どくん。どくん)


秒針よりも速い。


この日のために、実は5万円ほど財布に入れてきた。

こういう歓楽街には、ぼったくりという店があるらしい。


そういう店の店員は、私のように不慣れな者を見つけ、声をかけ、

甘い言葉で巧みに誘惑し、店に連れ込み、酒を飲ませ、

多額の金を巻き上げると聞いた。


私には、そんな分岐は必要ない。

楽しく、楽しめる店が良い。

そう思った。


都会の雑踏を抜けると、いかがわしいネオンサインの数々が現れた。

なんだ……。

この混沌はーーーーーー!

私はショックで目まいがする。


タバコと酒のニオイに加え、

フライドポテトのようなニオイ。

香水と化粧、柔軟剤のニオイ、夜特有のニオイと、

下水のニオイが混じり合った空間。


泣き叫ぶ女。スマホに怒鳴る怪しげな中年。

そして至るところに張られた顔、顔、顔。


ゲームセンターから聞こえるゲーム音。


秩序の番人であったスジ屋の私に耐えられるのであろうか。

私はふと、牛丼屋のガラス窓に映った自分の顔を見て驚いた。

これが私なのか……。


ずいぶん歳を取った。

そうか、定年退職したのか。

車掌に憧れ、そして夢を手に入れ、そして別のスジ屋という夢を見た。

ずっとまっすぐに走り続けた。

この白髪交じりの男は、

まぎれもなく、

私だった。


(くたばれーーー!このペテン師が)


後ろから怒鳴り声が聞こえる。

振り返った瞬間。

意識が遠くなった。

身体がふわりと浮いた。


なんだ……。

脱線か?


(どすん)

身体がなにかに打ち付けられた。


(兄貴!こいつ人違いですよ)

誰かが言っている。


人違い。

えっ……。

なんなんだ。


誰かが私の胸ポケットを物色している。

ダメだ。

それは私の財布だ。

取らないでくれ。

今日は初めての経験をしにいくんだ。


意識が薄れる。

目がぼやける。

身体が動かない。


(あれ……。あそこ人倒れてね?うわ、血流してる。これ動画投稿しようぜ)

(お巡りさん。あそこに人が倒れています)

(ねぇねぇお姉さん。遊びに行こうよ)

(次は終点……)


そして、運行は停止した。

線は途切れる。

そうか。

ここは交換駅ではなく、

終点だったんだ。


私は目をゆっくりと閉じる。


(カチカチカチカチ)

秒針の音が頭の中で繰り返される。

時刻をコントロールし続けたせいか、

私の脳内には常に正確な秒が刻まれていた。


人生が途切れても、秒針だけは刻むなんて……。

呆れた頭だ。


「おい。おい。聞こえるかい。おい……」

誰かの声が聞こえる。


あれ、私は死んでいなかったのか。

私は目を開ける。

相変わらず真っ暗で、その中には薄ぼんやりとした光の粒子が浮かんでいた。


うん……。ここは。


「気が付いたようだね」

誰かの声が聞こえる。


「誰かおられるのですか」

と私は尋ねた。


「この光だよ」

と声がした。


「ここはどこで、あなたはどなたですか?」

と私は尋ねた。


「ここは、死後の世界のような所で、私は君たちからすると、神的なものだよ」

と光は答えた。


「では……。天国に行くか地獄に行くかという所でしょうか」

と私は尋ねた。


「どちらも行かない。君はまた別の世界に行き、別人として生きることになる。じゃあそういう訳だから」

と光はそう言い、消えてしまった。


(どくん……)

心臓が強く鳴った。

頭が割れそうに痛い。


意識がスーッと消えていった。


……


「ジュピター、ジュピター、しっかりして、あなた!」

誰かが身体を揺する。

頭が割れそうに痛い。


ふと目を開けると、30代前半くらいの美しい女性と可愛らしい少女が私を心配そうに見つめていた。


「ここは?」

と私は言った。


「良かった。心配したんですよ」

と女性は言った。


「君は?」

と私は言った。


「何言ってるんですか?キャサリン・オーゲスト、あなたの妻ですよ」

と女性は心配そうな顔をしている。


妻……。

私は周りを見渡す。

木のベッドに寝かされている。

これは少なくとも、私のいた世界ではない。

頭が混乱している。

私の妻と名乗る女性も心配そうにしている。


なんとかごまかさないと。


「すまないキャサリン。私はなにかあったのか?」

と私は尋ねた。



もし「続きを読んでみたい」と思っていただけたら、

ブックマークしていただけるととても励みになります。


本作はすべて完結済みで、安心して最後まで読めます。


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