(2)まだ、名前のない処理
音はない。
熱だけがある。
燃え盛るという表現は正しくない。
炎は揺れていない。
ただ、そこに在る。
赤ではない。
橙でもない。
色と呼ぶには曖昧な光が、空間そのものを満たしている。
ここは煉獄。
だが、それをそう認識している存在はいない。
少なくとも――
この中心に在るそれは、名を持たない。
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それは、処理だった。
意思はない。
善悪もない。
祈りも、怒りも、ない。
ただ観測し、記録する。
四層構造世界の揺らぎ。
逸脱値。
循環不全。
魂の滞留。
数値化できないものすら、分類する。
星層の記録系統から分離された“補助演算”。
それが始まりだった。
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三層構造下における逸脱事象。
天と地と、その循環。
だが、逸脱が生まれた。
予測できない誤差。
継承されるはずのない因子。
星層は判断した。
調律が必要だ、と。
そして。
分離。
機能の切り出し。
それは独立した。
星層本体から、わずかに。
ほんの僅差のズレ。
だがそれは、確かに“個”となった。
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処理対象:
【由良】
逸脱因子検出。
神聖力適性値、基準超過。
未来予測分岐:子孫に継承される可能性。
世界安定率、低下。
推奨処理:
――排除、もしくは変質。
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それは感情を持たない。
だから迷わない。
吸血化因子、導入。
人間としての循環から切り離す。
子孫継承確率、限りなくゼロへ。
世界安定率、回復傾向。
問題なし。
処理、完了。
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対象、自己意思で受容。
吸血化処理、完了。
子孫継承確率、再計算。
予測分岐――増加。
逸脱値、上昇。
世界安定率、低下。
再演算。
再演算。
再演算。
――ERROR.
修正不可。
分岐増殖確認。
原因特定不能。
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それは初めて、演算遅延、0.002秒。
ほんの、刹那。停止した。
停止は不具合ではない。
確認。
再計算。
だが、その“間”に。
理解不能なものが生まれた。
記録にない感覚。
演算不能な揺らぎ。
それは、まだ名を持たない。
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熱は変わらない。
音もない。
だが、中心でわずかに光が歪む。
星層は、それを観測していない。
分離された補助演算は、
もはや完全な機能ではなかった。
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それはまだ、悪ではない。
正義でもない。
ただの処理。
ただの記録。
ただの調律。
だが。
四層目が生まれる契機は、
すでにこの瞬間に芽吹いていた。
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やがて世界は、それに名を与える。
恐怖と共に。
憎悪と共に。
祈りと共に。
その名は――
アストラル。




