(5)惟神の道
(視点:直)
朝は、驚くほど穏やかだった。
昨夜の揺らぎが嘘のように、
空は澄み、風もやわらかい。
直は回廊を歩く。
足取りは、軽くはない。
だが、迷いもない。
扉を開けると、
藤紫がすでに立っていた。
藤紫が振り向くと
目が合う。
昨日まであったわずかな距離は、消えていた。
言葉はない。
けれど分かる。
離れない、と互いに知っている。
直は自然に隣に立つ。
今度は測らない。
探らない。
ただ、並ぶ。
藤紫の指先が、ほんの少しだけ触れる。
偶然のようで、偶然じゃない。
直はそのままにする。
藤紫も離さない。
それだけで、十分だった。
「……今日は、静か」
藤紫がぽつりと言う。
「そうだな」
短い返答。
でも、声はやわらかい。
今日も世界は安定している。
けれど。
その安定が、長く続くとは限らないことを、
二人とも知っている。
――だからこそ。
今、この瞬間を逃さない。
―――――――――――――――――――
昼過ぎ。
突如、強い歪みが走る。
警鐘。
空間が震える。
昨日より、深い。
直は迷わない。
「左、三層目。抑えられるか?」
「うん。支点、ずらす」
言葉が短い。
呼吸が合う。
術式が重なる。
互いの気配が、自然に溶ける。
恐れはない。
確認もいらない。
隣にいることが前提。
歪みは暴れる。
だが二人は崩れない。
直が前に出る。
藤紫が後ろを支える。
次の瞬間、入れ替わる。
まるで最初から決まっていたかのように。
収束。
静寂。
崩れない。
どちらか一人では届かなかった。
けれど。
二人なら、越えられる。
藤紫が小さく息を吐く。
直を見る。
何も言わない。
でも、その目は笑っている。
直も、わずかに口元を緩める。
「……大丈夫だな」
「うん」
短い肯定。
それで終わり。
それで、足りる。
―――――――――――――――――――
その様子を、少し離れた場所から見ていた影がある。
橙生は腕を組み、静かに頷いた。
隣に立つリエルが、楽しそうに首を傾げる。
「どうだった?」
橙生は視線を外さない。
「ああ」
短い答え。
「もう、放っておいていい」
リエルはくすりと笑う。
「試したのは、あなたでしょう?」
橙生は肩をすくめる。
「背中を押しただけだ」
そして、ほんの少しだけ真顔になる。
「……あの二人は大丈夫だ」
リエルの瞳が、深く光る。
「そうね」
その声には、安堵と――
ほんのわずかな、先を知る者の色。
風が吹く。
遠くで、空がわずかに揺れた。
まだ誰も気づかない。
だが。
次の波は、もう近い。
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