(4)惟神の道
(直×橙生)
橙生は、音もなく隣に立っていた。
気配はあるのに、足音がない。
「直」
低い声。
名前を呼ばれただけで、背筋が伸びる。
「最近、距離を取ってるな」
否定しかけて、やめる。
この男に誤魔化しは通じない。
橙生は腕を組む。
責めない。
ただ、真っ直ぐ見てくる。
「怖いか」
短い問い。
心臓が跳ねる。
「……何がですか」
「藤紫が、お前より先に行くことが」
逃げ場がない。
言い訳もできない。
沈黙が落ちる。
橙生は目を細める。
「守りたいのか」
「それとも、置いていかれたくないのか」
答えは両方だ。
だが、それを口にできない。
橙生は小さく息を吐く。
「どっちでもいい」
意外な言葉だった。
「大事なのはな」
声が低く、静かに落ちる。
「逃げるな」
胸を撃ち抜かれた気がした。
「距離を取るのは賢いようで、ただの保身だ」
「隣に立ちたいなら、怖くても立て」
それだけ言って、橙生は背を向ける。
「藤紫は、お前が思ってるより強い」
一瞬だけ振り返る。
「でもな。強い奴ほど、隣にいる奴がいなくなると脆い」
その言葉が、重く残る。
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(視点:藤紫)
同じ頃。
藤紫は寝室の窓辺に立っていた。
夜風がカーテンを揺らす。
直の気配が、遠い。
物理的ではなく。
心が、少しだけ離れている。
どうして。
声に出せない。
引き止める言葉を持たない。
姉として、ずっと面倒を見てきた。
泣けばあやし、
怪我をすれば叱って、
守る側だったはずなのに。
いつの間にか、
自分の方が安心していた。
直が隣にいることに。
「……わたし」
呟きが夜に溶ける。
いないと、困る。
それは弱さ?
それとも――
「……ずるいよ」
目を伏せる。
言えない。
でも、離れてほしくない。
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夜。
大規模な揺らぎ。
空気が軋む。
直は前に出る。
恐れはある。
だが、逃げない。
術式を展開。
しかし一瞬、集中が乱れる。
その刹那。
藤紫が直の袖を掴む。
「直」
小さな声。
でも、はっきり。
「わたしは、あなたの姉よ」
その言葉に、胸が震える。
「先に行かない」
真っ直ぐ見上げる。
「だから、置いていかないで...」
強くはない。
泣きそうでもない。
ただ、必死だった。
直の中の何かが、ほどける。
ああ。
守るだけじゃない。
この人は。
ずっと自分の帰る場所だった。
「……姉ちゃん」
久しぶりに呼ぶ。
藤紫の指先が、少しだけ震える。
術式を再構築。
背中合わせ。
呼吸が重なる。
二人分の力が重なり、
揺らぎは静かに閉じる。
夜が戻る。
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静寂。
藤紫は、まだ袖を握っている。
直はその手を、そっと包む。
強くじゃない。
離れない程度に。
「離れない」
短く言う。
「隣にいる」
藤紫は小さく頷く。
「うん」
それだけ。
でも十分だった。




