(3)惟神の道
(視点:直)
呼び出されたのは、昼過ぎだった。
執務棟の奥、小さな応接室。
リエルは窓際に立っていた。
振り返る。
「来てくれてありがとう、直」
いつもの声だ。
柔らかく、少しだけ無邪気さを含む響き。
「座って」
向かいに腰を下ろす。
沈黙は、重くない。
けれど、逃げ場はない。
「ねえ、直」
首を少し傾ける仕草。
「あなた、藤紫の隣に立ちたいのよね」
問いではない。
確認。
「……はい」
「うん」
リエルは微笑む。
「それはね、とてもきれいな願いだと思うの」
その言葉に、胸がわずかに緩む。
だが、続きがある。
「でもね」
声は変わらない。
優しいまま。
「“隣に立つ”って、どういうことかしら」
直は答えを探す。
覚悟。
責任。
支えること。
いくつも浮かぶ。
けれど、どれも決定打にならない。
「……支えること、だと」
「うん。それもあるわね」
リエルは頷く。
「じゃあ、もし藤紫があなたよりずっと先に進んでしまったら?」
その言い方は、残酷ではない。
ただ、事実の可能性を置くだけ。
「それでも隣に立てる?」
喉が詰まる。
想像してしまう。
龍として成熟する藤紫。
自分は、ただの人間。
取り残される未来。
「……立ちます」
即答できなかった。
その一拍が、自分でも分かる。
リエルは、それ以上追わない。
ただ、静かに笑った。
「焦らなくていいのよ」
その目は、優しい。
けれど見透かしている。
「迷っている自分を、ちゃんと知っておきなさい」
それだけ言って、話は終わった。
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その後の任務。
境界域の揺らぎ。
小規模だが、不安定。
本来なら即断即決。
だが、直の思考はわずかに遅れた。
――もし誤ったら。
――また測られているのではないか。
確認を重ねる。
安全を取る。
その数秒。
結界がひび割れる。
藤紫が一歩前に出る。
「……抑えます」
小さな声。
けれど、揺るがない。
術式が展開される。
無駄がない。
静かに、正確に、収束する。
直は補助に回るしかなかった。
終息後。
沈黙。
「ごめんなさい」
自分から言う。
藤紫は、少しだけ首を振る。
「……無事で、よかった」
責めない。
怒らない。
ただ、それだけ。
その優しさが、胸に痛い。
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その夜。
直は距離を取った。
意図的に。
補佐としての位置に徹する。
視線を合わせない。
必要以上に近づかない。
藤紫は何も言わない。
ただ、ほんの少しだけ
間が、空く。
名前を呼ぶまでの間。
指示を出すまでの間。
そのわずかな沈黙が、増えていく。
――これでいい。
未熟なまま近づくよりは。
そう思うのに。
胸の奥が、ひどく冷える。
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廊下の向こう。
リエルはその様子を見ていた。
「……あら」
小さく、息をこぼす。
「思ったより、傷が深いのね」
風が吹く。
誰も気づかないまま。




