(9) 既に知っている者
(視点:赤月)
紫苑の部屋は、静かすぎる。
書棚の影。 灯りは最低限。 外の音も届かない。
「珍しいな」
入室を許されるなり、紫苑は視線を上げずに言った。
「お前が直接来るとは」
赤月は一礼し、言葉を選ぶ。
「確認したいことがある」
「報告書なら読んだ」
「それとは別だ」
紫苑の手が止まる。
わずかな沈黙。
「……直のことか」
問いではない。
赤月は、息を止めた。
「気づいていたのか」
紫苑はようやく視線を上げる。
その目は驚きもなく、 焦りもなく、 ただ、静かだった。
「いつからだと思う」
赤月は答えられない。
紫苑は淡々と続ける。
「神路に近づく以前からだ」
「……!」
「近づかなかった。あの子は。 怖がったのではない。 理解していたからだ」
赤月の胸が重くなる。
「なら、なぜ何も」
「何をする」
言葉が、切る。
「止める必要がなかった」
「だが、あれは」
「越えていない」
紫苑ははっきりと言った。
「越えない選択を、自分でした」
部屋の空気が張る。
「それを奪うのは、まだ早い」
赤月は視線を落とす。
「……リエルは、選ばせる時間ではないと言った」
紫苑はわずかに目を細める。
「そうか」
その一言には、 感情がほとんどない。
だが、否定もない。
「なら、今はそれでいい」
「今は?」
「世界があの子を見る目が変わったとしても、 あの子が世界を選ぶとは限らない」
静かに、はっきりと。
「直は、迷い込む側ではない。 だが―― まだ、こちら側とも決めていない」
赤月は理解する。
紫苑は、もっと前から知っていた。
あの子が境を知ることも。
越えないことも。
いずれ、選ぶ日が来ることも。
沈黙が落ち
紫苑は書類を閉じる。
その視線が、ふと赤月の腹部へ落ちた。
「……体は問題ないのか」
唐突で、脈絡のない問い。
赤月は一瞬、言葉を失う。
「……問題ない」
それだけを返す。
紫苑は頷きもせず、ただ視線を戻した。
それ以上、触れない。
「相談は終わりか」
淡々とした声。
赤月は一礼する。
「……ああ」
扉に手をかけた瞬間、
紫苑が言った。
「赤月」
足が止まる。
「慌てるな」
それだけだった。
部屋を出たあと、 赤月はようやく気づく。
紫苑は、 “既に備えている”。
何に対してかは、 まだ分からない。
だが、確実に。
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