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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第17章|成長と選択
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(8)あたたかい夜

(直 × 黄月)


神殿の回廊は静かだった。


灯りは柔らかく、夜気も穏やか。


子どもたちはもう眠っている。


直は少し迷ってから、足を止めた。


黄月はすぐ気づく。


振り返らなくても分かる。


「直くん?」


声は、いつも通りやわらかい。


「……起きてたんですね」


「うん。今日は少しだけ書き物があって」


振り向いた黄月は、穏やかに微笑んでいる。


直は視線を逸らす。


用件は決まっている。


でも、言葉がまとまらない。


黄月は急かさない。


それが彼女だ。


「座る?」


促されて、直は隣に腰を下ろす。


沈黙。


静かな時間。


黄月は何も読まない。


テレパシーも使わない。


聞かれたくない時は、聞かない。


それを知っているから、直はここへ来た。


「……力って」


ぽつりと落ちる。


黄月は横目で見る。


「うん」


「どこまで求めていいと思います?」


抽象的な問い。


けれど、黄月は意味を理解する。


「守るため?」


直は少しだけ間を置く。


「それもある」


“それも”。


黄月はそこで確信する。


守るだけじゃない。


「隣に、立ち続けるため?」


優しく、核心を撫でる。


直の肩が、わずかに止まる。


否定しない。


「人は、歳を取るよ」


黄月は事実を言う。


「でも、歳を取ることは、悪いことじゃない」


直は小さく笑う。


「分かってます」


分かっている。


それでも。


「……先にいなくなるのは嫌だ」


本音が零れる。


黄月は目を細める。


その言葉は、十代のものだ。


賢くても。


冷静でも。


やっぱり若い。


「直くん」


名前を呼ぶ。


「力を求めることは、悪くないよ」


肯定から入る。


「でもね」


少しだけ声が深くなる。


「何を捨てるかを、ちゃんと知ってから選んでほしい」


直は視線を上げる。


「寿命を伸ばす力があるとしたら?」


「あるよ」


あっさり言う。


「でも、代償は必ずある」


黄月は微笑む。


「身体じゃなくて、心だったりね」


直の表情が固まる。


そこは考えきれていなかった。


「感情が薄くなるかもしれない」


その言葉に、直の瞳が揺れる。


藤紫が脳裏に浮かぶ。


「時間の流れが、周りとずれるかもしれない」


「……」


「それでも欲しい?」


黄月は責めない。


ただ、問う。


直はすぐに答えない。


長い沈黙。


やがて。


「……分からない」


正直な答え。


黄月は嬉しそうに微笑む。


「それでいい」


即答しないこと。


迷うこと。


それが大事。


「直くんは、もう十分強い」


そう言って、そっと肩に触れる。


「でもね」


声がさらにやわらかくなる。


「“一人で決めない強さ”もあるんだよ」


直が顔を上げる。


「相談することは、弱さじゃない」


その言葉は、真っ直ぐ届く。


直は息を吐く。


少しだけ、肩の力が抜ける。


「……紫苑にも、気づかれてますか」


黄月はくすっと笑う。


「とっくに」


「ですよね」


観念したように苦笑する。


黄月は立ち上がる。


「答えは急がなくていい」


振り返る。


「あなたが選ぶなら、私は止めない」


それが黄月。


包み、委ねる。


「でも」


最後に、やわらかく。


「あなたが人でいることを、私は嫌いじゃないよ」


直は何も言えない。


ただ、小さく頷く。


夜は静かだ。


けれど、さっきより少しだけ温かい。



―――――――――――――――――――

(黄月 × リエル)


直の足音が遠ざかる。


角を曲がって、完全に気配が消えた頃。


黄月は小さく息を吐いた。


「……聞いてましたよね?」


天井を見上げて言う。


一拍。


ふわり、と月光が揺れる。


「うん、聞いてた!」


明るい声。


光が集まり、小柄な影が形をとる。


長い髪が揺れて、楽しそうに笑っている。


リエルだ。


まだどこか少女の面影を残す龍神。


「盗み聞きって言うんじゃないですか?」


黄月がやわらかく言う。


「だって気になるじゃん」


悪びれない。


「直、あんな顔するようになったんだね」


黄月は目を細める。


「成長しました」


「うん」


リエルは素直に頷く。


「ちょっと格好よかった」


黄月がくすりと笑う。


「親ばかですか?」


「えー、だってほんとに!」


リエルは回廊の欄干に腰かけるように浮かぶ。


足は床につかない。


「時間のこと考えてるんでしょ?」


声は軽いけれど、核心を射る。


黄月は頷く。


「ええ」


「真面目だなあ」


リエルは空を見上げる。


「人間って、そこがいいよね」


「有限だから?」


「そう!」


ぱっと笑う。


「終わりがあるから、今を選ぶ」


黄月は少しだけ表情を曇らせる。


「でも直は、その“終わり”を変えようとしています」


リエルは首をかしげる。


「変えたいなら、変えればいいじゃん?」


あっけらかん。


黄月が少し驚く。


「止めないんですか?」


「うーん」


リエルは考える仕草をする。


少女らしく、素直に。


「止めたら、後悔するかもしれないでしょ」


軽い声。


けれど本音。


「わたしは選ばせたい」


黄月は静かに見る。


「代償があっても?」


「あるね」


即答。


「だいたい何かは減る」


さらっと言う。


残酷ではない。


ただ事実。


「でも」


リエルは黄月を見る。


「減るかどうかも、本人が決めることじゃない?」


その言葉に、黄月は少しだけ微笑む。


「ずいぶん自由ですね」


「自由じゃなきゃつまんないもん」


屈託なく笑う。


まだ、重さを背負いきっていない龍神。


「ねえ黄月」


リエルが急に真顔になる。


「直が人間のままだったら、悲しい?」


黄月は少し考える。


「いいえ」


即答。


「私は、人の直くんも好きです」


リエルはほっとしたように笑う。


「そっか」


「でも」


黄月は続ける。


「彼が選ぶなら、私は止めません」


リエルはうんうんと頷く。


「それでいいよ」


軽い調子で言う。


「だってさ」


少しだけ悪戯っぽく笑う。


「わたしの眷属になるの、そんなに簡単じゃないし」


黄月が小さく目を見開く。


「もう勧誘する気ですか?」


「してないしてない!」


笑いながら手を振る。


「ただ、覚悟は見るけどね」


月光が少し強くなる。


無邪気な笑顔の奥に、龍の気配が一瞬だけ覗く。


すぐ消える。


「直、ちゃんと迷ってる」


リエルは満足そうに言う。


「だから大丈夫」


黄月は小さく息を吐く。


「……あなた、案外ちゃんと見てますね」


「でしょ?」


得意げ。


そしてひらりと立ち上がる。


「黄月も削れすぎないでね」


今度は少しだけ優しい声。


「子ども見守る係、いなくなったら困るから」


そう言って、光がほどける。


月夜が静かに戻る。


黄月は一人、立ったまま微笑む。


「本当に……まだ少女ですね」


けれど。


その背に宿る力は確かだ。


直が選ぶ未来。


まだ誰も知らない。


でも今は。


少しだけ、夜が軽い。



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