(7)欲する理由
(直視点)
夜は静かだ。
風も、歪みもない。
藤紫はもう休んでいるはずだ。
直は一人、境界近くに立っていた。
空を見上げる。
星は動かない。
けれど自分は、確実に動いている。
歳を取る。
当たり前のことだ。
だが、あの人は違う。
観測者は削れる。
でも老いは、同じ速度では来ない。
たぶん。
いや、確実に。
自分の方が先に老いる。
その時。
隣に立てるのか。
「……無理だろ」
小さく呟く。
今はいい。
力もある。
判断もできる。
でも、十年後は?
二十年後は?
観測者の隣に、白髪混じりの男が立っている光景を想像する。
不釣り合いだ、と即座に思う。
それだけじゃない。
もし自分が先に死んだら?
藤紫は、また一人になる。
それが一番、嫌だ。
守る力が欲しい。
それは本当。
でもそれだけじゃ足りない。
“並び続ける力”が欲しい。
時間に置いていかれない力。
世界に削られても、戻れる力。
観測者の負荷を肩代わりできる力。
人間の枠では、足りない。
「……考えすぎか」
苦く笑う。
まだ十代だ。
そう言われることはある。
未来を焦るな、とも。
だが。
自分でこの位置を選んだ。
境界に立ち、観測者の隣に立つと決めたのは、自分だ。
だから。
年齢は言い訳にならない。
甘えていい立場でもない。
それでも。
完全に割り切れているわけではない。
方法を考えれば考えるほど、分からなくなる。
力を得るとは、何を捨てることなのか。
そこだけが、まだ掴めない。
誰かに相談すべきか。
真空なら理屈で答えるだろう。
翡翠なら止めない。
朝日にはまだ重い。
藤紫に言う?
……それは。
言えば、きっと止める。
もしくは、自分を削る方向へ舵を切る。
それは嫌だ。
「俺が選ぶ」
静かに言葉にする。
力を欲するのは、独占のためじゃない。
嫉妬でもない。
ただ。
隣に立ち続けるため。
老いず。
先に消えず。
削られすぎず。
「……人間のままじゃ、足りない」
その自覚が、胸を刺す。
怖いかと問われれば。
少し、怖い。
でも。
それ以上に。
置いていかれる方が怖い。
直は目を閉じる。
答えはまだ出ていない。
けれど方向は決まっている。
力を求める。
方法は、これから考える。
一人で抱えるか。
誰かに話すか。
まだ迷っている。
それが、十代の証拠だった。
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(視点:藤紫)
同じ夜。
藤紫は眠れずにいた。
理由は分かっている。
直が静かすぎる。
最近、何かを考えている。
守るだけではない目をしている。
あの目は。
決めた目だ。
「……何を考えているの」
独り言。
観測者は未来の歪みを読む。
けれど、直の心は読まない。
読まないと決めている。
だから、分からない。
ふと、想像する。
直が力を欲するとしたら。
それは何のためか。
守るため?
それだけではない。
あの子は、そこまで単純ではない。
藤紫は気づく。
もし直が“時間”を超えようとしたら。
もし人の枠を外れようとしたら。
原因は。
自分だ。
胸が、かすかに痛む。
嬉しいわけではない。
誇らしいわけでもない。
ただ。
怖い。
「……あなたは人間でいいのよ」
ぽつりと漏れる。
人として笑って。
人として老いて。
人として生きて。
それでいい。
でも。
もし直が、自分の隣に立ち続けるために何かを選ぶなら。
止められるだろうか。
止める資格があるだろうか。
観測者としては、止めるべきだ。
姉としては。
分からない。
藤紫は静かに目を閉じる。
揺れは小さい。
けれど確かだ。
直が“選ぶ”未来が近づいている。
それが分かるからこそ。
怖い。
「……勝手ね」
自嘲する。
隣に立つと認めたのは自分だ。
でも。
永遠までは、許可していない。
夜はまだ長い。
二人とも、眠れない。
それが、静かな覚悟の始まりだった。




