(4)揺らがぬ位置
(陽向、朝日視点)
異変は、前触れなく来た。
外界の境界層が歪む。
空気が裂けるような音。
藤紫が即座に状況を把握し、指示を出す。
「南側を閉じて。波及前に止める」
その声は落ち着いている。
でも朝日には分かった。
負荷が、かかっている。
観測者の力は、使うたびに何かを削る。
直が前に出た。
「俺が外周抑える」
短い言葉。
迷いがない。
歪みが一瞬、跳ねた。
朝日の足が止まりかけた、その瞬間。
直の声が飛ぶ。
「下がるな。三秒持たせろ」
鋭い。
さっきまでの柔らかい空気が消えている。
直の足元に展開される制御陣が、正確に歪みを挟み込む。
力任せではない。
計算されている。
無駄がない。
藤紫が中央を固定し、直が外側を締める。
連携は一切乱れない。
まるで最初から決まっていた配置のように。
数秒。
それだけで十分だった。
歪みは収束する。
静寂が戻る。
朝日は息を吐いた。
振り返ると、直が藤紫を見ている。
確認するように。
怪我はないか。
負荷は過剰でないか。
その視線は、戦闘後とは思えないほど静かだ。
ただの補佐ではない。
ただの弟でもない。
――あれは、守る者の目だ。
しかも。
対等に立つ者の目。
「すごいですね」
思わず口にすると、直は一瞬だけこちらを見る。
その瞳に熱はない。
冷たいわけでもない。
ただ、揺れない。
「役割分担しただけ」
淡々と返す。
けれど朝日は見ていた。
歪みが跳ねた瞬間。
直が一歩、藤紫の前に入ったことを。
ほんのわずか。
観測者より前へ。
世界より前へ。
それでも藤紫の動線を塞がない絶妙な位置。
あれは偶然じゃない。
選んでいる。
「……本気なんですね」
思わず漏れる。
直の視線が、少しだけ細くなる。
敵意ではない。
覚悟を測る目だ。
「何が?」
問い返しは静か。
朝日は、ごまかせないと悟る。
「藤紫さんの隣に立つこと」
沈黙。
数秒。
直は否定しなかった。
「当たり前だろ」
声は低い。
けれど、揺れない。
「俺は、あの人の補佐だ」
肩書きはそう。
でも違う、と朝日は理解する。
補佐では足りない。
あれは。
――選んでる。
観測者に選ばれた人の隣に、自分から立つことを。
朝日は初めて、少しだけ悔しくなる。
自分は憧れているだけだ。
尊敬しているだけ。
でも直は。
失う覚悟ごと、隣にいる。
だから。
あの髪に触れた仕草も。
あの視線も。
軽いものじゃなかった。
「……勝てないな」
小さく呟く。
直は聞こえていたはずなのに、何も言わなかった。
ただ、藤紫の方へ歩いていく。
距離を、自然に詰める。
迷いなく。
朝日はようやく理解する。
直は優しいだけじゃない。
静かに、独占している。
しかも堂々と。
それが、怖いほど本気だ。




