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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第17章|成長と選択
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(1)隣に立つ覚悟

(――藤紫/独白)


夜は、静かだ。


静かな場所は嫌いじゃない。

けれど最近は、その静けさが重い。


胸の奥で鳴っていたはずの音が、

ひとつずつ減っていく。


怒りも、焦りも、迷いも。


均されていく。


世界の流れが、以前より鮮明に見える。


歪みの位置。

崩れる前兆。

優先順位。


分かってしまう。


それが、選ばれたということ。


私は観測者にされた。


望んだわけじゃない。

断れるものでもなかった。


ただ、世界が決めた。


気づいたときには、

もう引き返せない位置に立っていた。


……理不尽だと思わなかったわけじゃない。


でも、嘆く時間は与えられなかった。


直はまだ成長途中で、

世界は待ってくれない。


だから私は、理解する側に回った。


受け入れるしかなかった。





...それでも。


直が笑うと、胸の奥がわずかに温かくなる。


その温度が、少しずつ薄れているのを

私は知っている。


感情が消えたわけじゃない。


ただ、優先順位が変わる。


世界が上に来る。


それだけのこと。


それだけの、はずなのに。


怖い。


直は気づいているだろうか。


あの子は敏い。


私が一瞬だけ視線を逸らすことも、

触れる手の硬さも、覚えている。


だからこそ。


あの子は、人として生きてほしい。


老いてもいい。

迷ってもいい。


私の隣で、冷えていく未来を見せたくない。


けれど。


---本当は。


隣にいてほしい。


その矛盾を抱えたまま、

私は今日も観測する。


選ばれた者として。


姉として。


―――――――――――――――――――



襖の向こうで、声が途切れた。


直は、息を止めたまま動けなかった。


盗み聞きするつもりはなかった。


ただ、水を取りに来ただけだった。


けれど、名前が聞こえた。


自分の名前。


それだけで、足が止まった。


姉の声は静かだった。


泣いていない。

震えてもいない。


それが、余計に重い。


「選ばれた」


「断れなかった」


「引き返せない」


淡々とした言葉。


でも、直には分かる。


その静けさが、どれだけ削られた後のものか。


襖越しでも、分かる。


昔の姉なら、もっと怒っていた。

理不尽だと、吐き捨てていた。


今は違う。


受け入れている。


世界を優先している。


自分よりも。


直の指先が、わずかに震える。


姉は、自分を置いていくつもりだ。


守るために。


冷えていく隣から、遠ざけるために。


その優しさが、腹立たしいほど分かる。


直は、そっと襖から離れた。


足音を立てないように。


知らないふりをする。


今は、まだ。


けれど胸の奥で、何かが決まる。


姉が選べなかったなら。


選ぶのは、自分だ。


まだ、何をどうするかは分からない。


でも。


――隣を、手放さない。


直は静かに廊下を歩いた。


その背は、もう子どもではなかった。




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