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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第16章|境界の手前
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(2)守る側の理解

(視点:赤月)


札を運び終えた直が倉を出る。


陽は少し傾いている。


石畳を歩く背中は、

もう少年と呼ぶには大きい。


その姿を、離れた回廊から赤月は見ていた。


声はかけない。


気配も落とす。


彼は気づかない。


ただ、歩いているだけだ。


誰かに誇るでもなく、

選ばれたと自覚するでもなく。


場の中で、

静かに自分の役割を果たしている。


――止めない。


赤月は視線を外す。


干渉しない。


引き上げない。


まだ、何も起きていない。


だからこそ。


それでいい。


直は振り返らない。


夕の光の中へ、そのまま消えていく。


十六歳になる前の背中。


選択は、まだ彼の中に眠っている。



―――――――――――――――――――


龍神殿、調整局の執務室は今日も整然としている。


机の上には幾枚もの報告書。


神路の流量。

結界の安定値。

龍人の交代記録。

地上の小さな霊的変動。


どれも特別ではない。

だからこそ、目を通す価値がある。


赤月は一枚をめくる。


その中に、名があった。


――直。十六歳。異常なし。


ただの一行。


特記事項も、補足もない。


指先が、ほんのわずかに止まる。


かつては違った。

境界に近づきすぎる兆候。

観測強化。

注意書き。


今は、ない。


止める理由がない。


それだけのこと。


赤月は報告書を重ね直す。


自分は龍神ではない。

決定するのは、リエルだ。


上げるべき案件は上げる。

上げる必要がないものは、留める。


直は、後者だ。


窓の外に目を向ける。

空は静かで、結界は揺れていない。


無意識に、腹部へと手が触れた。


まだ誰にも告げていない。

小さく、確かな鼓動。


守るという言葉の重みが、

以前より少しだけ実感を持つ。


止めないという判断は、

放置ではない。


信じるという選択だ。


そのとき、不意に思い出す。


「――まだ早い」


かつて紫苑が、何度もそう言ったこと。


あれは拒絶ではなかったのだと、

今なら分かる。


時を待つということ。

踏み出させないということ。


それもまた、守り方の一つ。


赤月は静かに書類を閉じる。


直の名は、今日もただの一行だ。


それでいい。


今は、まだ。




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