(2)守る側の理解
(視点:赤月)
札を運び終えた直が倉を出る。
陽は少し傾いている。
石畳を歩く背中は、
もう少年と呼ぶには大きい。
その姿を、離れた回廊から赤月は見ていた。
声はかけない。
気配も落とす。
彼は気づかない。
ただ、歩いているだけだ。
誰かに誇るでもなく、
選ばれたと自覚するでもなく。
場の中で、
静かに自分の役割を果たしている。
――止めない。
赤月は視線を外す。
干渉しない。
引き上げない。
まだ、何も起きていない。
だからこそ。
それでいい。
直は振り返らない。
夕の光の中へ、そのまま消えていく。
十六歳になる前の背中。
選択は、まだ彼の中に眠っている。
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龍神殿、調整局の執務室は今日も整然としている。
机の上には幾枚もの報告書。
神路の流量。
結界の安定値。
龍人の交代記録。
地上の小さな霊的変動。
どれも特別ではない。
だからこそ、目を通す価値がある。
赤月は一枚をめくる。
その中に、名があった。
――直。十六歳。異常なし。
ただの一行。
特記事項も、補足もない。
指先が、ほんのわずかに止まる。
かつては違った。
境界に近づきすぎる兆候。
観測強化。
注意書き。
今は、ない。
止める理由がない。
それだけのこと。
赤月は報告書を重ね直す。
自分は龍神ではない。
決定するのは、リエルだ。
上げるべき案件は上げる。
上げる必要がないものは、留める。
直は、後者だ。
窓の外に目を向ける。
空は静かで、結界は揺れていない。
無意識に、腹部へと手が触れた。
まだ誰にも告げていない。
小さく、確かな鼓動。
守るという言葉の重みが、
以前より少しだけ実感を持つ。
止めないという判断は、
放置ではない。
信じるという選択だ。
そのとき、不意に思い出す。
「――まだ早い」
かつて紫苑が、何度もそう言ったこと。
あれは拒絶ではなかったのだと、
今なら分かる。
時を待つということ。
踏み出させないということ。
それもまた、守り方の一つ。
赤月は静かに書類を閉じる。
直の名は、今日もただの一行だ。
それでいい。
今は、まだ。




