(3)何も知らない日常/子どもたちの言葉
(視点:藤紫)
朝は、いつも通りに始まった。
直は静かに身支度を整え、
食卓では必要な分だけ口をつける。
特別な変化はない。
少なくとも、藤紫の目には。
「今日は外、行かないの?」
何気なく聞くと、直は少し考えてから首を振った。
「あとで」
それだけ。
双子の姿は見えなかった。
ここ数日、やけに大人しい。
――叱られたのだろうか。
やんちゃな双子は、いつも何かしらやらかしている。
今回も、たぶんその延長だ。
藤紫はそう思い、深く考えるのをやめた。
直は、いつもと変わらない。
落ち着いていて、聞き分けが良くて、
少し距離を取るようなところも、前からだ。
藤紫は、それを「成長」だと思っている。
世界は平和で、
結界は揺れていない。
藤紫は知らない。
この静けさが、
偶然守られた結果だということを。
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(視点:直)
後日。
中庭の隅、人気のない場所で、
陽向と朝日が直を呼び止めた。
「なあ、直」
朝日が言う。
いつもの軽さはない。
「お前さ」
陽向が続ける。
「……あそこ、分かってたよな」
直は答えない。
否定もしない。
風が一瞬、止まる。
「俺たち、怒られた」
「めちゃくちゃ怒られた」
「でもさ」
二人の視線が、まっすぐ直に向く。
「お前、何も言われなかった...」
責める声じゃない。
でも、軽くもない。
直は、少し考えてから言った。
「行かなかったから」
「それだけ?」
「それだけ」
双子は顔を見合わせる。
「……ずるいな」
朝日が小さく言った。
直は肩をすくめる。
「通る道じゃなかった」
「誰の?」
「俺の」
その言葉で、双子は黙った。
分からない。
でも、何かが違う。
同じ場所に立っていたはずなのに、
見ていたものが違った。
直はそれ以上、何も言わなかった。
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(視点:陽向/朝日)
先を歩く二人を、陽向は何となく目で追っていた。
藤紫と直は、手を繋いでいる。
それだけなら、別に珍しくもないはずなのに――
なぜか、ずっと気になった。
引っ張っているわけじゃない。
引っ張られているようにも見えない。
歩く速さも、間も、同じだ。
「なあ」
陽向が小さく言う。
「あれ、ずるくね?」
冗談めかした声だった。
深い意味なんて、ないふりをするいつもの調子。
朝日は少し遅れて、同じ方を見る。
「……ああいうの、うちじゃ無理だろ」
淡々とした言い方。
否定でも、文句でもない。
ただの事実みたいに。
藤紫は何も言わない。
直も、何も言わない。
それなのに、手は離れない。
「直さ」
陽向が続ける。
「あれ、平気なんだな」
朝日は一瞬、答えずにいた。
平気そうに見える。
恥ずかしがってもいないし、
誇る様子もない。
ただ、そこにいるだけだ。
「……平気っていうか」
朝日は言葉を探すように、少し間を置いた。
「当たり前、なんじゃね」
陽向は鼻で笑った。
「当たり前って何だよ」
でも、そのまま何も言い返さなかった。
二人はまた歩き出す。
さっき見た光景を、わざわざ引きずることもなく。
ただ、どこかで引っかかった感覚だけを残して。
それが何なのかは、
まだ、言葉にしなくていい。
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