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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第15章|世界が揺れる場所
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(1)直を見ている世界

(視点:紫苑)


直は、藤紫の手を離さなかった。


誰かに言われたわけでも、

不安そうにしがみついているわけでもない。

ただ、ごく自然に、そこに在るものとして。


紫苑は少し離れた場所から、その様子を見ていた。


藤紫は直に文字を教えている。

読み方を急かすことも、理解を強いることもない。

間違えれば待ち、分からなければ言い換える。


——あの子は、教えているつもりはないのだろう。


共に歩き、共に考え、

同じ速度で世界を見ることを選んでいるだけだ。


「……良い関係ですね」


隣に立つ眷属の一人が、ぽつりと漏らした。


紫苑は小さくうなずく。


「ええ。直は、あの手を離さなかった。

 だからきっと、これからも離さないでしょう」


藤紫は導こうとしない。

直は依存しない。


それでも二人は並び、

同じ方向を見ている。


それは偶然ではなく、

育まれた関係だった。


「藤紫にとっても、良いことなのですか」


問いは慎重だった。

直のためではなく、藤紫のために問うている。


紫苑は視線を外さずに答える。


「ええ。守るだけでは、成長しません。

 見守るだけでも、足りない」


藤紫は、直と共に世界を見ることで、

自分の立ち位置を確かめている。


それは姉として。

それは人として。


紫苑は、その在り方を尊重していた。


「……では、まだ」


「ええ。まだです」


紫苑の声は、穏やかだった。


直は今、選び始めたばかりだ。

知ることを望み、学ぶことを決めた。

だがそれは、誰かに引き離されるためではない。


——繋がったまま、前へ進むための選択。


紫苑は、二人の背を見送りながら、

胸の奥にあったわずかな緊張が、静かに解けていくのを感じていた。


世界は、直を見ている。


だが今は、

藤紫の手が、まだ世界との距離を保っている。


それでいい。


今は、それでいい。



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