(7)文字を知りたい
(視点:直)
その日、直は藤紫のそばに座り、
開いたままの本をじっと見ていた。
読めないわけではない。
けれど、意味が分からない。
線と線が並んでいるだけなのに、
そこに何かがある気がして、
目を離せなかった。
「……それ、気になる?」
藤紫が、少しだけ不思議そうに尋ねる。
直はうなずいた。
「読めるようになりたい」
自分でも驚くほど、言葉はすんなり出た。
考えてから言った、という感じではない。
「本を、読みたいから」
藤紫は一瞬だけ、目を瞬かせた。
それから、ゆっくりと微笑む。
「いいよ」
それだけだった。
理由も、条件も、付け足さない。
その返事を聞いたとき、
直の胸の奥で、何かが静かに落ち着いた。
——ああ、そうか。
直は、藤紫の横顔を見る。
小柄で、背は高くない。
力も、自分の方がもう強い。
それでも。
この人は、ちゃんと“お姉ちゃん”だ。
そう思った。
守る必要がない、という意味じゃない。
導かれている、という感じでもない。
ただ、
先に立って、世界を知っている人。
直は、そう認識した。
藤紫は本を閉じ、
直の方を見て言った。
「少しずつね。急がなくていい」
「うん」
急ぐつもりはなかった。
でも、止まるつもりもなかった。
知りたい。
読めるようになりたい。
分からないまま、通り過ぎたくない。
その気持ちは、
胸の奥で、はっきりと形を持っていた。
平和は、まだ続いている。
世界は、優しい。
——だからこそ、
直は、前を見ることを選んだ。
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