(6)名前のない違和感
(視点:直)
散歩の帰り道、直は足を止めた。
理由は、特になかった。
ただ、胸の奥に、言葉にできない何かが引っかかっただけ。
——今、何かを考えていた気がする。
けれど、その内容は思い出せない。
考えようとすると、指の間から零れる砂のように、形を失っていく。
「どうしたの?」
藤紫の声に、直は首を振った。
「ううん、なんでもない」
それは嘘ではなかった。
本当に、何でもなかったのだから。
ただ、さっきまで歩いていた道が、
少しだけ、遠く感じた。
同じはずの景色。
同じはずの空。
なのに、どこか“自分の場所ではない”ような感覚。
直は自分の手を見る。
少し大きくなった指。
伸びた腕。
力を入れれば、藤紫を支えられるくらいの——当たり前の身体。
当たり前。
そう思おうとして、胸の奥が、わずかに軋んだ。
どうして、支えられると分かっているのだろう。
教わった覚えはない。
試したことも、望んだこともない。
それでも、そう“知っている”。
直は、その考えを追うのをやめた。
追えば追うほど、何か大切なものに触れてしまいそうだったから。
「早く帰ろ」
自分からそう言って、歩き出す。
藤紫は少し遅れてついてくる。
直は無意識のうちに歩幅を落とした。
理由は分からない。
ただ、そうした方がいい気がした。
名前のない違和感は、
胸の奥で静かに息をしている。
まだ、目を覚ますには、少し早い。




