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(5)追いつかない背中
(視点:藤紫)
直は、少し先を歩いている。
ほんの半歩。
意識しなければ気づかないほどの距離だった。
外郭の道はいつもと変わらない。
風も、光も、足元の感触も。
平和で、穏やかで、守る必要すら感じない日常。
それなのに——
藤紫は、なぜか胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。
「直、早いよ」
そう声をかけると、直はすぐに立ち止まる。
振り返って、少し困ったように笑った。
「ごめん」
その一言と仕草は、いつもと同じ。
けれど藤紫は、そこに“子ども”を探してしまった自分に、
理由の分からない違和感を覚える。
いつからだろう。
歩幅を合わせてもらう側になったのは。
いつから、背中を追うようになったのは。
手を伸ばせば届く。
声をかければ、ちゃんと応えてくれる。
それでも、直は確実に前へ進んでいる。
追いつけないほどではない。
見失う距離でもない。
——けれど、同じ場所には、もういない。
藤紫は何も言わず、また隣に並ぶ。
直は何事もなかったように歩き出す。
平和は、まだ続いている。
ただ、その形が、少しずつ変わり始めていることに——
気づいているのは、まだ、ごく僅かだった。




