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(2)散歩の時間

龍神殿の外は、昼になると光が強い。

石畳に落ちる影はくっきりしていて、殿内の柔らかさとは少し違う。


「今日はここまでだよ」


そう言われて、子供たちは思い思いに足を止めた。

境の線は見えないけれど、越えてはいけないと、みんな知っている。


直は、その手前で立ち止まり、外を見ていた。

風の匂いが違う。音も、少し多い。


「直、なに見てるの?」


後ろから声がして、振り返ると藤紫がいた。

並ぶと、目線はほぼ同じ。それが、余計に引っかかる。


「そと」


「うん。そとだね」


それだけ言って、藤紫は一歩前に出た。

境界ぎりぎりで立ち、外の光を受ける。影が、石の上に落ちる。


――影。


直は、ふと気づく。

藤紫の影は、前に見たときと同じ形だった。長さも、輪郭も。


自分の影は、違う。

少しだけ、伸びている。


「……」


何か言おうとして、やめた。

言葉にすると、形が変わってしまいそうだった。


外では、人の声がした。

遠くで誰かが話している。笑い声。足音。


龍神殿の中とは違う、雑多な音。


「人の声、好き?」


藤紫が聞く。


「……わかんない」


直は正直に答えた。

嫌いじゃない。でも、近づくと、少し怖い。


「でもね」


藤紫は、外を見たまま続ける。


「紫苑さまは、人が好きだよ」


直は、その言葉に小さく頷いた。

それは知っている。抱き上げる手も、叱る声も、全部あたたかい。


「だから、わたしたちも、ここにいる」


その「わたしたち」に、直が含まれているのかどうか。

確かめる勇気は、まだなかった。


そのとき、別の子が走ってきて、二人の間をすり抜けた。

転びそうになって、誰かに支えられる。


「ほら、危ないよ」


紫苑の声だった。

直は振り向く。


紫苑は、いつものようにそこにいた。

外と中、そのちょうど間。

子供たち全体を、同時に見ている。


一瞬だけ、紫苑の視線が直に向いた。

昼の光の中でも、ぶれない眼差し。


直は、わかった気がした。

自分が気づいていることも、

まだ言葉に出来ない違和感も。


「戻ろうか」


藤紫が言う。

直は頷き、殿内へと足を向けた。


外の音は、背中で遠ざかる。

でも、消えはしない。


直は歩きながら、自分の歩幅を意識した。

前より、少しだけ大きくなっている。


それは、確かに進んでいる証だった。


変わっていくものが、増えていく。

変わらないものが、はっきり見えてくる。


その間に立っている自分を、

直はまだ、うまく説明できなかった。


――けれど。


龍神殿に戻ると、

いつもの匂いと、いつもの温度が、ちゃんと待っていた。


それが、今は十分だった。


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