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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第13章|変わっていくものと、変わらない夜
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(5)言葉にならないまま

(主視点:藤紫/一部 直)


藤紫は、何度か口を開きかけて、やめた。


「直――」


呼びかけて、名前の先が続かない。

何を言えばいいのか、わからなかった。


背が伸びたこと。

歩き方が変わったこと。

石段を降りるとき、自然と手すりに指をかけるようになったこと。


全部、気づいている。

気づいているからこそ、言葉に出来ない。


言ってしまえば、区切ってしまう気がした。

「前」と「今」を、線で分けてしまう気がした。


藤紫は、何も言わずに歩幅を緩める。

直が合わせてくるのを、待つ。


それだけで、胸の奥が少し苦しくなる。


夜、布団を敷く。

いつもの二枚。

並べる距離も、向きも、変えていない。


直は先に潜り込んで、天井を見ている。

藤紫は、灯りを落とす手を止めたまま、少しだけ考える。


――このままで、いいのだろうか。


答えは出ない。

だから、口にしない。


「おやすみ」


短い言葉だけを残して、灯りを消す。


―――――――――――――――――――


直は、薄闇の中で目を閉じかけて、ふと気づいた。


誰かに、見られている。


視線の先を追うと、回廊の向こうに紫苑が立っている。

いつもの場所。

いつもの距離。


直と、藤紫の両方を、同じように見ている。


理由はわからない。

意味も、まだ掴めない。


それでも直は、なぜか安心した。


目を閉じる。

布団の温もりは、変わらない。


問いは、胸の奥に沈めたまま。

答えは、まだ要らない。


今はただ、

同じ夜を、同じ場所で迎えられていることが、すべてだった。



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