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(1) 天秤座が測ることをやめた理由
(――リーブラ視点)
天秤は、傾いていた。
いや、正確に言えば――とっくに傾き切っていた。
皿の一方は、空のはずだった。
もう一方には、名を持たない重さが積み上がっている。
厄災。
天災。
生贄。
選ばれなかった可能性。
救われなかった未来。
それらは数えられない。
数えるという行為そのものが、意味を失っていた。
リーブラは、天秤の前に立ったまま、長い間動かなかった。
測ろうとしなかったのではない。
測れなかったのだ。
本来、世界は揺れている。
善と悪、救いと犠牲、偶然と選択。
どちらに転ぶか分からないからこそ、天秤は必要だった。
だが今は違う。
結果は、最初から決まっている。
傾くのではない。
傾かされている。
誰かが世界を守るために選び、
誰かが世界を保つために背負い、
その結果として――
災厄は「管理」されるものになった。
均衡ではない。
これは、調整だ。
リーブラはそっと、天秤に触れた。
触れただけで、皿は音もなく沈んだ。
「……測っても、意味がない」
それは嘆きではなかった。
怒りでもない。
ただの、事実だった。
天秤座は、その役目を失った。




