(4)見守るという選択
(視点:紫苑)
紫苑は、変化に気づいていた。
それは、ある日突然訪れたものではない。
赤ん坊だった直を腕に抱き上げた、その瞬間から――
いずれ訪れると、わかっていた時間だ。
人の子は、速い。
息をするように育ち、昨日と今日のあいだに境目を作る。
龍の子らが長い時間を緩やかに進むのとは、根本から違う。
藤紫も、気づき始めている。
声に出さず、態度にも大きくは出さず、
それでも夜の布団を敷く手が、少しだけ慎重になった。
大人しい娘。
よく笑い、よく世話をし、問いを胸にしまい込む子。
人間の子。
安心の中で育ち、だからこそ、違いに戸惑い始めた子。
紫苑は、そのどちらも知っている。
理解している、というより――
信じている。
根拠のない自信ではない。
血や契約による信頼でもない。
藤紫が、直を抱くその手を見てきた。
直が、藤紫を呼ぶ声の揺らぎを聞いてきた。
人は、想うことで育つ。
想われることで、踏みとどまれる。
だから紫苑は、止めない。
問いを奪わず、
答えを与えず、
変化をなかったことにしない。
見守ることは、手放すことではない。
抱きしめないことでもない。
ただ、前に立たないという選択だ。
神殿の回廊で、子どもたちが駆けていく。
直の歩幅は、ほんのわずかに長くなった。
藤紫は、それに気づきながら、何も言わない。
紫苑は、少しだけ微笑む。
二人とも、ちゃんと生きている。
迷いながら、守りながら、進んでいる。
それでいい。
紫苑は母であり、保護者であり、
そして――人が好きな存在だ。
だからこそ、人の時間を奪わない。
娘の選択も、子の成長も、
すべてを抱いたまま、ここに立つ。
いつか、問いが言葉になる日が来ても。
その時は、その時だ。
今はただ、
変わっていくものと、変わらない想いを、
同じ場所で見つめている。




