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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第13章|変わっていくものと、変わらない夜
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人の閑話IX|藤紫と直 ― 幼い日

神殿の夜は、音が少ない。


藤紫は、白い床の上に布団を敷く。

自分の分と、直の分。


布は薄いけれど、冷たくはない。

敷き終えるころには、神殿の光も少し弱まっていた。


直は、よく泣く。

小さな声で、途切れ途切れに。


藤紫は隣に座って、直を抱き上げる。


「……おなか、すいたの?」


返事はない。

ただ、泣き声が少しだけ変わる。


―――――――――――――――――――


(視点:直)


神殿の夜は、暗くならない。

光は弱くなるけれど、消えはしない。


天井の奥で、白い明かりが静かに揺れている。

それを、直はよく覚えていない。

覚えているのは、もっと近くのものだ。


あたたかい腕。

布の匂い。

胸の上下。


泣くと、揺れる。

少しだけ、上下に。


揺れは速くも遅くもなくて、

止まることもない。


「……だいじょうぶ」


低い声がする。

やわらかくも、甘くもない。

でも、その声が聞こえると、胸の奥が少し落ち着いた。


直は、よく泣いた。

理由は分からない。

息をするのが苦しかったり、

何かが足りなかったり、

ただ、ひとりでいる感じが怖かったり。


泣くと、声が来る。

泣くと、腕が来る。

それは、いつも同じだった。


それだけで、世界は続いた。


夜が長いときもあった。

泣いても、すぐには静かにならない夜。


藤紫は、布団の上に座ったまま、

直を胸に抱いて、背中を叩く。


とん、とん、とん。


少し小さな力。

でも、止まらない。


とん、とん、とん。


規則正しい音。

心臓とは少し違う。


「ここにいる」


それは、言葉だったり、

ただの息だったりした。


神殿は広い。

音は遠くへ行ってしまう。

でも、この場所だけは、音が逃げなかった。


直は、知らなかった。

ここが地上ではないことも、

ここに人間が少ないことも。


ただ、時々思う。


——この人は、眠らない。


目を閉じていても、

手は離れない。

体温も、変わらない。


他の子たちは、泣かない。

夜になると、静かに眠る。


直だけが、違った。


違う、ということを、

藤紫は口にしなかった。


「泣いてもいい」


そう言われた気がした。

実際に、そう言われたことはない。


でも、泣いても、ここにいられた。


ある夜、直は泣き疲れて、

藤紫の胸の上で眠った。


夢は、なかった。


ただ、あたたかさだけがあった。


その夜、藤紫は布団を敷き直さなかった。

自分の分も、直の分も。


抱いたまま、座っていた。


神殿の光は、変わらず揺れていた。

夜が終わっても、

何も変わらなかった。


その「変わらなさ」が、

直にとっては、

最初の世界だった。



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