(1)龍神殿の光
朝の光は、いつも龍神殿の白い床をやわらかく照らしていた。
高い天井から落ちてくる光は、色がなくて、でもあたたかい。
目を開けると、いつも天井が高い。
高すぎて、端が見えない。
白い石の床は冷たくて、裸足の裏がひんやりする。歩くたび、こつん、こつん、と音がして、その音が遠くまで転がっていく。ここでは、小さな音でもすぐに消えない。
神殿は、光で満ちている。
太陽の光とは少し違う。まぶしいのに、目が痛くならない。水の中みたいに、ゆっくり揺れている。
柱は太くて、上のほうで何かと繋がっているけれど、見上げても全部は分からない。柱の表面には線が刻まれていて、触ると指先がざらりとする。その感触が、なぜか落ち着く。
奥のほうから、かすかな音が聞こえる。
鈴みたいでもあり、風みたいでもある。
音なのか、ただの気配なのか、よく分からない。
神殿の内側では、静けさが当たり前だった。
他の子たちは静かだ。
声を出してはいけないと教わったわけじゃない。でも、ここでは自然と声が小さくなる。笑う子も、泣く子もいない。
足元に、光が落ちている。
床の白に、淡い青が混じって、影ができない。不思議だと思って、しゃがみこんで見つめる。
近くにある水盤の中も、同じ色をしている。水は動いていないのに、光だけが揺れている。指を入れると、冷たい。でも、すぐに慣れる。
遠くで、誰かが歩いている気配がする。
大人の足音だ。重くて、ゆっくり。
振り返っても、姿は見えない。
神殿は広すぎて、全部を一度には見せてくれない。
それでも、怖くはない。
ここは、ずっと前からこうだった。
光は消えず、音は続いている。
今日も、龍神殿は静かに息をしている。
その扉を抜けると、光の質が変わる。
白い石畳の中央に、丸い広場がある。
その周りを囲むように、草と低い木々が植えられていて、葉の隙間から光がこぼれる。風が吹くと、木々が一斉に揺れて、さわさわと音を立てた。
子供たちは走っている。
理由はない。ただ、走りたいから走る。
石畳を踏む足音が重なって、笑い声が弾む。
転びそうになって、誰かが手を伸ばす。
ぶつかって、よろけて、それでもまた走り出す。
「待って!」
「こっちだよ!」
声は高くて、よく響く。
神殿の壁に跳ね返って、少し遅れて戻ってくる。その遅れが、なんだか面白くて、また笑う。
柱はどれも大きくて、背伸びしても半分も届かない。
床に座ると、冷たさはすぐに気にならなくなった。
「今日はね、雲が低いんだって」
誰かがそう言って、外を指さす。
神殿の外には、遠くまで続く空と、ゆっくり流れる雲。
風は強くない。音も少ない。
子供たちは裸足で走りまわり、
石畳の上にそのまま寝転がる。
笑い声が、神殿の中にひとつ、ふたつ、増えていく。
石段の上では、年上の子が小さな子の手を引いていた。
転ばないように、でも引っ張りすぎないように。
それが当たり前みたいに。
「見て、ここ」
壁の彫刻を指さすと、みんなが集まる。
龍の形。羽のような線。長い尾。
何度も見ているのに、飽きない。
「この龍、強そうだね」
「こっちは優しそう」
そんなことを言い合って、正解がなくても気にしない。
奥の中庭には小川の水が流れていて、透明で、静かで、
石の縁に手を伸ばすと、少しだけ冷たい。
水面に映る顔が揺れる。
揺れても、それが面白くて、また覗き込む。
空は高く、神殿は広い。
でも、ひとりになる場所はない。
どこにいても、誰かの気配がある。
足音、息遣い、衣擦れの音。
それだけで、十分だった。
昼になると、鐘が鳴る。
大きな音じゃない。
でも、ちゃんと聞こえる。
子供たちは自然と集まって、座って、
食べて、話して、また笑う。
今日が何日か、明日がどうなるか、
そんなことは誰も考えない。
ここにあるのは、
今の光と、今の声と、今のぬくもりだけだった。
それが、この場所のすべてだった。




