(2)進む兄
(カストル視点)
進む、という行為に
理由が要るようになったのは、いつからだっただろう。
星だった頃、進むことはなかった。
星は巡り、循環に従い、やがてまた戻る
それは選択ではなく、性質だった。
だが――
ここでは違う。
足を止めれば、沈む。
立ち止まれば、絡め取られる。
この場所は、留まることを許さない。
煉獄。
名を与えるなら、そう呼ぶしかない場所。
地は柔らかく、粘ついている。
踏みしめるたび、形を失った魂の残滓が沈み込み、
戻ることのない圧を返してくる。
「……まだ、だ」
誰に向けた言葉でもない。
それでも、声に出さなければ
自分がどこへ向かっているのかを、見失いそうだった。
光は、弱くなっている。
星であった名残は、もう輪郭しか残っていない。
それでも消えていない。
消えない理由が、ある。
弟だ。
見えない。
声も、気配も、もう届かない。
それでも――
待っているという感覚だけが、
奇妙なほどはっきりと胸に残っている。
「……待つな」
思わず、そう呟いた。
待つのは、自分の役目じゃない。
弟は、待たされる側じゃない。
追うのは、いつも自分だった。
前に立ち、道を切り、先を確かめる。
双子である以前に、
それが自分の在り方だった。
共にあるために――
だから、進む。
理由は後からついてくる。
意味も、目的も、後でいい。
この場所で立ち止まることだけは、選ばない。
遠くで、気配が揺れた。
封じられた存在。
動かず、叫ばず、ただ在り続ける“何か”。
アストラル。
近づけば、自分が何者かを失う。
触れれば、星であった頃の記憶すら溶ける。
それでも、視線だけは逸らさなかった。
「……あんたも、待ってるのか」
答えはない。
だが、否定もない。
煉獄の底で、なお立ち続けるもの。
受け止め続ける存在。
カストルは、息を整えた。
進む理由は、もう一つある。
ここが、崩れれば――
失われる。
何もかも。
待つ場所も。
弟が、帰るはずの“どこか”が、消えてしまう。
それだけは、許されない。
足を前に出す。
沈み込む地を、強く踏みしめる。
星であった頃より、
ずっと重い一歩。
それでも、進む。
追いつくためではない。
守るためでもない。
ただ、
待たせないために。
この選択が、
再会へ繋がるかどうかなど、分からない。
だが――
止まらなかった、という事実だけは残る。
煉獄の底で、
カストルは進み続けていた。




