(1)待つ弟
(ポルックス視点)
待つ、という行為を、
ポルックスはまだ理解しきれていなかった。
星は巡るものだ。
離れても、いずれ交わる。
双子であれば、なおさら。
だから、兄が落ちたときも、
恐れはなかった。
追いつく。
それだけの話だと、思っていた。
けれど――
地上に留まる時間は、思ったよりも長い。
夜が過ぎ、また夜が来る。
空は変わらず星を抱いているのに、
兄の光だけが見えない。
ポルックスは、同じ場所に留まり続けていた。
進まないのではない。
待っているのだと、自分に言い聞かせて。
「……遅いな」
誰に向けた言葉でもない。
声に出した瞬間、胸の奥がわずかに軋んだ。
待つ時間が、
初めて「重さ」を持った。
―――――――――――――――――――
ポルックスの地上での生活はこの部屋から始まる
少年と、猫。
距離は、ほとんどない。
フェリスは少年の膝にいるか、
胸の上か、
それが駄目なら、背中に張りついている。
寝返りを打たれれば、不満そうに尾を振り、
それでもどく気はない。
少年は、慣れた手つきで
フェリスの顎の下を撫でる。
無意識に
考えなくても、そこに手が伸びるのだろう。
フェリスは目を細め、喉を鳴らす。
音は小さいが、止まらない。
本を読んでいるときも、
湯を沸かすときも、
フェリスは足元か腕の中にいる。
踏まれそうになっても、逃げない。
代わりに、少年の動きが変わる。
歩幅が狭くなり、
扉の開閉が遅くなり、
眠る前には必ず、重みを確かめる。
言葉はない。
確認もしない。
それでも、フェリスはそこにいる。
出ていくことはある。
窓を開け、夜に溶けていく。
けれど戻る場所は決まっている。
ベッドの上。
少年の胸元。
いつもの重さ。
名は、まだない。
首輪も、印もない。
それでも距離だけは、
ふたりは寄り添っている
ポルックスは、それを見て思う。
――昔は、ああだった。
名もなく、役割もなく、
ただ隣にいるのが当たり前だった。
――これは、縛りではない。
――だが、離れてもいない。
星の契約でも、
血の約束でもない。
ただ、
互いに“そこにいる”ことを前提にした時間。
―――――――――――――――――――
ポルックスは、再び空を見上げる。
星は、まだそこにある。
世界も、まだ静かだ。
兄の光は見えない。
それでも、信じている。
この部屋の、あの距離が、
かつて自分と兄が持っていた距離と、
どこか似ているから。
待つことが、
こんなにも重いと知る前に――
ポルックスは、ただ兄を信じていた。




