(1) 双子が揺れる夜
静かに始まった朝。
カーテンの隙間から、朝日がこぼれている。
目を覚ましたルシアンは、しばらく天井を見つめたまま動かなかった。
枕元に丸まった黒い影が、微かに上下している。
フェリスだ。
夜の間、何度か目が覚めた気がする。
そのたびに、胸元や腹のあたりに移動してくる温もりがあって、
結局、起ききらないまま朝になった。
「……起きるぞ」
小さく声をかけると、フェリスは片目だけを開けた。
逃げるでもなく、甘えるでもなく、
ただ「そこにいる」という顔をしている。
それが妙に落ち着く。
今日は学校は休みだった。
理由はある。けれど、考えるのが面倒で、今は思い出さないことにした。
身支度を済ませ、フェリスを抱えて外に出る。
近所の動物病院は、休日でも午前中だけ開いている。
診察はあっさりと終わった。
大きな異常はなく、少し汚れていただけ。
拾った猫だと伝えると、獣医は「縁があったんでしょう」と笑った。
帰り道、ルシアンは無意識に空を見上げた。
昼の青に、星は見えない。
それでも、そこにあるはずの配置を思い浮かべてしまう。
――双子座。
いつもなら、何も感じない。
ただの星の並びだ。
けれど今日は、
その“位置”が、ほんのわずかにずれている気がした。
理由は分からない。
何かが起きた、という確信もない。
ただ、
いつもと同じはずの空が、同じに見えなかった。
マンションに戻ると、エントランスは静まり返っていた。
休日らしい、昼下がりの空気。
エレベーターに乗り、扉が閉まる。
鏡に映った自分の腕の中で、フェリスが瞬きをした。
「……家だよ」
誰に言うでもなく、呟く。
部屋に入ると、昨日と同じはずの空間が、
少しだけ“満ちて”感じられた。
それがフェリスのせいなのか、
それとも、別の何かなのか。
ルシアンはまだ、考えない。
1人と1匹、昼食を済ませ
「……留守番、頼むな」
誰にともなく言ってから、身支度を整える。
返事はない。
けれど、背中を向けた瞬間に、
“見送られている”ような感覚だけが残った。
フェリスは、出かける準備をするルシアンをじっと見ていた。
抱き上げると、暴れもしない。
逃げる気も、甘える気もない。
「……赤、かな」
小さく呟いて、家を出る。
向かったのは、引っ越してきた日に教えてもらった店だった。
マンションの隣に住む人が、
「困ったら、ここ」と笑って教えてくれた場所。
古くて、少し雑多で、
でも不思議と落ち着く店。
ペット用品の棚の前で、ルシアンは立ち止まった。
首輪はいくつも並んでいる。
名前を書く場所があるもの、鈴のついたもの。
どれも違う気がした。
その横に、
布製のリボンが掛けられているのを見つける。
細くて、柔らかくて、
結ぶだけの、ただの飾り。
「……これでいいかな」
理由は、うまく説明できない。
ただ、縛るためじゃなく、結ぶものにしたのがよかった。
買い物を終え、店を出ると、
ルシアンは無意識に空を見上げていた。
部屋に入ると、
フェリスが静かにこちらを見ていた。
置いていかれたことを責める様子もない。
ただ、戻ってきたのを確認するように。
「ただいま」
その声に、
空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
フェリスに手を伸ばす
オレンジがかった赤いリボンをフェリスに結んでやる
「うん、いい感じ」
このときルシアンはまだ知らない。
今日、選んだこのリボンが、
やがて“別の形”で、
同じ星の下に結ばれることを。




