(4)帰宅途中に猫を拾う
夕方の空は、まだ少しだけ明るさを残していた。
魔法学校からの帰り道、ルシアンは鞄を肩にかけ直し、歩調を緩める。
今日も、特別なことはなかった。
授業は問題なく終わり、実技でも失敗はしていない。
ただ――
(やっぱり、浮いてるよな)
空の話をした時の、微妙な間。
星の配置の美しさを語った時の、曖昧な笑顔。
誰も否定はしないが、深く踏み込んでもこない。
それでも別に、傷つくほどじゃない。
星が好きなのは、ずっと前からだ。
理解されなくても、変える気はなかった。
マンションへ続く坂道に差し掛かった時、
ルシアンは足元の違和感に気づく。
――小さい。
黒い影が、道の端にうずくまっていた。
よく見れば、猫だ。
毛並みは長く、ところどころに枯れ葉が絡まっている。
「……猫?」
声をかける。
猫は逃げない。
警戒している様子もなく、
ただ、こちらを見上げている。
距離は、ほんの一歩分。
近い。
だが、不思議と緊張はなかった。
ルシアンはしゃがみこむ。
無意識の動きだった。
「迷子か?」
答えはない。
当然だ。
それでも、猫は目を逸らさない。
深い色、カッパーの瞳が、まっすぐこちらを見ている。
(……近いな)
そう思った瞬間、
猫の方から距離が消えた。
ひょい、と軽やかに。
当然のように、ルシアンの膝の上に前足を乗せる。
「えっ」
驚く暇もなかった。
次の瞬間には、重みが増している。
完全に、乗った。
「ちょ、ちょっと……」
抗議の言葉は、喉で止まる。
猫は丸くなり、落ち着いた様子で座り込んでいる。
逃げる気配も、迷う気配もない。
(……選ばれた?)
理由は分からない。
でも、拒む理由もなかった。
そっと、背中に手を置く。
温かい。
生きている体温だ。
猫は小さく喉を鳴らした。
「……あ」
それだけで、胸の奥が少し緩む。
考える前に、ルシアンは立ち上がる。
猫は降りない。
バランスを取りながら、当たり前のように腕の中に収まる。
「……帰る?」
問いかけは、形だけだ。
答えが返らないことも、分かっている。
それでも、猫は動かない。
ルシアンは、小さく息を吐いた。
「……じゃあ、一緒に」
夕暮れの道を、少年と黒猫が並んで歩く。
距離は、ない。
測る必要も、考える必要もない。
それが、最初から決まっていたかのように。
この時、ルシアンはまだ知らない。
この“ゼロ距離”が、
星と世界を繋ぐ最初の歪みだということを。
ただ――
腕の中の温もりだけが、確かだった。




