(3)星を見る癖
朝の光は、校舎の尖塔に先に触れてから、遅れて中庭へ落ちてくる。
石畳の影がゆっくり伸びるのを、ルシアンは少し離れた場所から眺めていた。
魔法学校の朝は忙しい。
呪式理論の復習、属性別の基礎訓練、魔力循環の測定。
同級生たちは小声で課題の愚痴をこぼし、杖の先をくるりと回しながら歩く。
その流れの中で、ルシアンだけが、ふと立ち止まる。
空を見るために。
雲の切れ目に、まだ薄く残る星の名残。
昼に消えきらない光を、彼は見逃さない。
誰に教わったわけでもないのに、視線は自然とそこへ行く。
「また空?」
背後から軽い声。
振り向くと、同級生が笑っている。からかいというほどでもない、ただの雑談。
「星、好きだね」
「うん」
それ以上の説明はしない。
好き、という言葉で足りる気がしたから。
授業では、彼は目立たない。
成績は悪くないが、前に出ることもない。
詠唱は正確で、魔力の流れも綺麗だと評価されるけれど、突出はしない。
――ただ、星図の授業だけは別だった。
配られた古い星盤を前に、ルシアンの指が自然に動く。
線と線を繋ぐ前に、もう“形”が見えている。
教師が説明するより少し早く、彼は頷いてしまう。
「……そこまで分かるのか?」
驚いた声に、ルシアンは我に返る。
自分が少し先に進んでいたことに、今さら気づく。
「ごめんなさい」
謝る必要はなかった。
でも、彼はそうしてしまう。
控えめで、透明。
どんな色にも染まれる、まだ何者でもない色。
放課後、帰り道の空は高い。
雲が流れ、風が変わる。
ルシアンは無意識に歩調を緩め、また空を見上げた。
胸の奥が、微かに鳴る。
理由は分からない。
ただ――星が、少し近い気がした。
彼はまだ知らない。
それが「呼ばれている」という感覚だということを。
この日常が、
もうすぐ終わることも。




