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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第1章|星が重さを持った夜
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(2) 落ちる星の気配



ポルックスは落ちていなかった。

まだ。

だが、留まってもいなかった。

星の位置は保たれている。

軌道も、光度も、記録上は誤差の範囲だ。

それでも天界は知っていた。

――これは「落下の前兆」だと。

星に生じた重さは、均等ではない。

双子座の均衡は、すでに破られている。

カストルは、動かない。

否、動けない。

概念としての自我が、星の役目に縫い止められている。

落ちるという可能性を、受け入れられない。

だがポルックスは違った。

彼は、僅かに――

世界の下方を見てしまった。

それは好奇心でも、反逆でもない。

ただ、「知ってしまった」というだけのこと。

星が、星であり続ける理由の外側を。

その瞬間、重さは決定的になる。

―――――――――――――――――――


(視点:フェリス)


夜が、ざわついている。

フェリスは眠っていた。

少年の部屋、窓辺のクッション。

呼吸は穏やかで、夢も見ていなかった。


それなのに、

胸の奥が、急に冷えた

音はない

光もない

けれど、落ちる気配がした


フェリスは目を開ける

瞳に映るのは、いつもの天井

変わらない部屋

変わらない匂い

それでも、体が先に理解していた。


――あれは、星だ


理由は分からない。


なぜそれを知っているのかも分からない。

ただ、

あの赤橙の光だった頃と同じ感覚が、背骨の奥で目を覚ましている。

高いところ

冷たい場所

落ちてはいけないもの

フェリスは、跳び起きた。


少年を起こさないように、足音を殺し、窓辺へ向かう。

夜空を見上げた瞬間

一つの星が、わずかに――沈んだ

ほんの僅か

人の目には、まず分からない程度。

だがフェリスには、はっきりと分かった。

あれは、放っておけば落ちる。と



星層では、フェリスの存在は観測されていない。

猫座から外れ、循環にも属さないその存在は、星の管理体系から完全に漏れている。

だが、だからこそ。

彼だけが、

星の異変を「感覚」として受け取れた。

フェリスは考えない

計画もしない


ただ、

体が動いてしまう。

窓から飛び出し

夜の屋根を駆け

空へと向かって跳ぶ。

無謀だ

無意味だ

猫が星に届くはずがない。


それでも――

フェリスは、星だった。

一度でも。確かに。

その記憶が、

世界の理屈よりも先に、彼女を動かす



ポルックスは、もう限界だった


重さが、星の形を保てなくなっている。

光が、引き延ばされ

位置が、確定できない


落下が始まれば、煉獄へ至る。

星が星として還れない場所へ

カストルが、初めて声を上げる。

だがそれは、概念としての警告でしかない。

誰にも届かない。


そのとき――

観測不能な一点が、軌道に割り込んだ。

赤橙の光。

星でも、獣でもないもの。

天界の記録が、乱れる。

「――何だ、あれは」

答えは、存在しない。


次の瞬間、

ポルックスは、落ちた。


そして同時に、

フェリスは、飛び込んだ。






星層の処理が、遅れる。

循環に戻すはずの星が、掴まれている。

記録不能。

前例なし。

ポルックスの光が、境界の外へ引き戻される。

だがそれは、

星座へ戻る動きではない。

赤橙の体温の中へ、落ちていく。

ポルックスは理解する。


――助かってしまった。


それが、どれほど異常なことか。

双子座は、もう完成しない。

兄の位置は、固定されたまま。

自分だけが、星であることを外れた。


フェリスは、ただ抱きしめている。

噛みつき、離さず、落ちる力を拒む。


それは救済ではない

選択でもない

本能による拉致に近かった。




境界は、閉じる。

煉獄へ至るはずだった道は、一瞬だけ歪み何事もなかったかのように沈黙する。


星層は、ひとつの星を見失った。

記録には残らない

存在していないことになる。

だが確かに、救われてしまった星があった。

遠くで、カストルがそれを感じ取る。

弟の光が、星座から消えたことを。

彼は動かない。

動けない。

だが、その沈黙は、次の選択のためのものだった。


―――――――――――――――――――


フェリスは、気づく。


戻れる……戻る?


どこへ?


決まっている。




名前をくれたあの場所へ。


膝の温度がある場所へ。




フェリスは、


ポルックスを咥ええたまま、


跳んだ。




煉獄から、世界の外へ。

星を抱えたまま、地上へ戻る。

名前を呼ばれる場所へ。

温度のある世界へ。


彼らは知らない。

この救出が、もう一つの落下を生むことを。


弟が救われた夜

兄は

煉獄を目指す決意を固めたということを。


――星が、

二度と元に戻らない形で分かたれた夜だった。

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