(4)再会
「……覚えていたか」
そう言われ。
理永は、少しだけ首を傾げた。
「ええ。だいぶ前だけれど」
何十年も前のこと。
けれど、あの時のことは覚えている。
岩が崩れて。
危うく岩の下敷きになり川へ落ちそうになったところを、この人に助けてもらった。
「この前は、助けてくれてありがとう」
理永は、素直に頭を下げた。
「……お礼を言うのが、随分と遅くなってしまったわ」
「いや」
由良は静かに首を振った。
「こうして無事なら、それでいい」
その言葉に、理永は小さく笑った。
それから。
ふと気になった。
「そういえば……」
理永は周囲を見回す。
「あなたは、ここで何をしているの?」
由良の瞳が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬。
何かを考えるような間があった。
「…………」
理永は、その答えを待った。
由良は少しだけ視線を逸らす。
そして。
「……ミケを探しに来た」
「ミケ?」
聞き慣れない言葉に、理永は首を傾げた。
すると。
木々の向こうから、にゃあ、と鳴き声が聞こえた。
「あ、ネコ」
理永が振り向く。
見覚えのある猫が、こちらへ歩いてくる。
「この子?」
「ああ」
由良が呼ぶ。
「ミケ」
猫は、当然のように由良の足元へ寄っていった。
理永は、その様子をじっと見つめる。
「……ミケって、この子のこと?」
「そうだ」
「名前なのね」
「ああ」
理永は少し考えた。
これまで。
妖精にも。
精霊にも。
名前をつけるという発想をしたことはなかった。
そもそも。
名前をつけて呼ぶ、ということ自体。
理永にとっては、少し不思議なことだった。
「……動物にも、名前をつけるのね」
「人によるだろう」
「そうなの?」
「大切にしているなら、つけることもある」
その言葉に。
理永はミケを見る。
ミケは、何事もなかったように毛づくろいをしている。
「……そういうものなのね」
理永は、少しだけ笑った。
それから。
由良は、理永が持っている籠へ視線を落とした。
中には、空になった魔石と新しく拾ったものがいくつか入っている。
「また、あの洞窟へ?」
「ええ」
「一人で?」
「そうだけど」
由良は、わずかに眉を寄せた。
「ここは危ない」
「知っているわ」
「以前も危ない目に遭っただろう」
「……それは、そうだけど」
理永は困ったように笑った。
「でも、気になることがあったから」
由良はしばらく黙っていた。
そして。
「なら」
静かな声が落ちる。
「護衛をつければいい」
「護衛?」
「ここへ来る時くらいなら、俺が付き合える」
理永は目を瞬いた。
「……あなたが?」
「ああ」
「どうして?」
その問いに。
由良は、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。
本当の理由を口にするわけにはいかない。
だから。
「……ミケも、この辺りをよく歩く」
そう答えた。
理永はミケを見る。
ミケは、何も知らない顔で尻尾を揺らしている。
「そうなの?」
理永はミケに声をかけて納得したように頷いた。
「それなら、お願いしようかしら」
由良は、静かに頷いた。
「分かった」
その返事は。
思っていたよりも、ずっと早かった。
理永は気づかない。
由良にとっては。
長い時間をかけて、ようやく手にした――
小さな一歩だった。




