(6) 龍鱗回収
(ルミナス視点)
龍鱗は、そこにあった。
祭具庫の奥、封印棚の一角。
分類も、整理も、すでに済んでいる。
誰かが、事前に整えていた痕跡だけが残っていた。
本来なら、確認だけで終わる作業だ。
数を数え、状態を記録し、循環へ戻す。
管理者として、何度も繰り返してきた工程。
――だが。
最初の一枚に、手を伸ばした瞬間。
小さな気配が、背後で止まった。
「……これ、母さまの」
振り返ると、ユリウスが立っていた。
ナイトとセレスティアも、少し離れた位置で様子を見ている。
誰も泣いてはいない。
誰も騒いでいない。
ただ、呼び方だけが、変わっていなかった。
「それ、母さまの?」
問いは静かだった。
責める色も、疑う色もない。
“知りたい”というより、
“確かめたい”に近い声音。
ルミナスは、すぐに答えられなかった。
龍鱗は、素材だ。
宝玉は、機能だ。
そう説明することは、できる。
けれど――
それは、彼らが求めている答えではない。
「……そうだ」
ようやく、それだけを口にした。
ユリウスは、頷いた。
納得したようでもあり、していないようでもある。
ナイトは棚を見上げたまま、黙っている。
セレスティアは、指先で一枚の鱗に触れ、すぐに手を引っ込めた。
「いっぱい、あるね」
セレスティアの声は、明るくしようとして失敗した音だった。
――ああ、とルミナスは思う。
これは、回収ではない。
整理でも、処理でもない。
遺されてしまったものを、数えている。
その事実が、ようやく身体に落ちてきた。
「……母さまはさ」
ユリウスが、ぽつりと言う。
「いつも、そこにいたよね」
誰も答えなかった。
否定も、肯定もできなかった。
“いた”という言葉が、もう過去形だからだ。
ルミナスは、その場に膝をついた。
子供たちと、同じ高さになる。
言葉を選ぼうとした。
慰めを探そうとした。
だが、どれも手に取れなかった。
代わりに、正直な感覚だけが残った。
「……私もだ」
自分でも、驚くほど静かな声だった。
「当たり前のように、呼ばれていた」
「当たり前のように、そこにいた」
「いなくなることを、考えたことがなかった」
それは、説明ではない。
答えでもない。
ただの、共有だった。
セレスティアが、そっと近づく。
ルミナスの袖を、弱く引いた。
「……寂しいの?」
その問いに、逃げ場はなかった。
ルミナスは、初めて。
数ではなく。
管理でもなく。
感情の名前を、探した。
「……ああ」
短く、肯定した。
それで十分だった。
子供たちは、何も言わなかった。
けれど、その場に留まった。
去らなかった。
龍鱗は、まだそこにある。
数も、記録も、後でいい。
今はただ。
失われたものを、
失われたまま、引き受ける時間だった。
母はいない。
だが、優しさは消えていない。
それを、ここにいる者たち全員が、
同じ静けさで理解していた。




