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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第9章 | 『ルミナス』
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(2) ――受け取ったままのもの

ルミナスは、

見てしまった。

そして、

受け取ったまま、立ち尽くした。

そこにあったのは、異変ではなかった。

騒ぎもなく、悲鳴もなく、

世界はいつも通りに回っていた。


青藍が扉を開け、

リエルの部屋に入る。

その動きに、迷いはない。

慣れ切った所作。

考える前に、身体が動いている。


カーテンを開け、

光を入れ、

声をかける。


返事がないことを確かめるためではない。

それが、青藍にとっての日常だからだ。

衣を整え、

髪を結い、

装飾を施す。

すべてが静かで、丁寧で、

どこにも破綻がない。


――ああ、と思う。

これは「続いている」。

誰かが壊れたからではない。

誰かが去ったからでもない。

日常が、形を変えただけだ。


青藍は、リエルを抱き上げる。

自然な動きだった。

抱き慣れていることが、はっきりと分かる。


軽い、という感想すら、

青藍は口にしない。

比べる必要がないからだ。

過去と今を並べる理由が、彼にはない。



――その差を、知っているのは青藍だけだ。

抱き上げた回数も、

支えてきた時間も、

軽くなっていく過程も。

比較する必要がないほど、

彼はそれを日常として受け止めてきた。



かつて、

世界を歪めるほどだった存在。

空を覆い、

煉獄の均衡すら左右していた龍。


それが今、

青藍の腕の中に、すっぽりと収まっている。


青藍は立ち止まり、

振り返らずに言った。

「いってきます」



誰に向けた言葉なのか、分からなかった。

リエルか。

自分か。

それとも、

もう返事をしない世界そのものか。


その瞬間、

胸の奥で、何かが落ちた。


恐怖ではない。

怒りでもない。

言葉にする前に、感覚だけが崩れた。


理由は、まだない。

意味づけも、できない。


ただ、

自分が知らないうちに、

受け取っていたものがあった、

という事実だけが残った。


止めるべきだったのか。

止められたのか。

その問いは、まだ形にならない。


彼女は、

自分が見ていない場所で、

自分が気づかない速度で、

すべてを整え終えていた。


拒めなかった。


それ以上に、

拒むという発想すら、

最初から持っていなかった。


受け取っていた。

ずっと。

失うという言葉を、必要としない世界にいた。


だから、

涙が落ちた。


声は出なかった。

誰にも見られなかった。


管理者としてではなく、

答えを持たないまま、


ただ立ち尽くす存在として。

青藍は、歩き続けている。

リエルを抱いたまま。


世界は、まだ保たれている。


だが、

それを支えていたものが、

もう“動いてはいない”ことを。

ルミナスだけが、

この時になってようやく、

受け取っていたものの重さを、感情として感じてしまった。

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