(4)龍神の夜
夜は、龍神殿にだけ平等に降りる。
灯りが消え、祈りの声も途絶え、
世界が一日の呼吸を終えた頃――
リエルは、ようやく独りになる。
静けさは、完全ではない。
遠くで何かが軋み、
どこかで均衡がわずかに遅れている。
けれど、それでも――
今日も、致命的には崩れていない。
「うん。上出来」
誰に向けたわけでもない言葉が、
夜気に溶けて消える。
リエルは、自分の胸元に手を当てる。
そこにあるはずの感触が、少しだけ足りない。
痛みではない。
喪失とも違う。
**慣れ親しんだ“軽さ”**だ。
龍鱗が、また一枚。
いつの間にか、彼女の一部は、
もう“彼女”だけのものではなくなっていた。
それを数えることは、しない。
数える意味がないからだ。
必要だった。
それだけで、理由は十分だった。
夜の奥で、
秤が、わずかに揺れた気がした。
釣り合いは、まだ保たれている。
完璧ではない。
だが、崩れてもいない。
「今日も、ぎりぎり」
リエルは笑う。
その声は明るく、軽く、
まるで昼の続きのようだった。
視線が、自然と煉獄の方角へ向く。
理由は、分かっている。
そこに、彼がいるからだ。
名は呼ばない。
呼ばなくても、分かっている。
――澄んでいてほしい。
ただ、それだけ。
世界がどうなろうと、
自分がどれほど削れようと、
その願いだけは、変わらない。
リエルは、夜の中心で微笑んだ。
龍神として。
誰にも見られないまま。
そしてまた、
何事もなかったように――
明日のための均衡が、辛うじて保たれる。
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それは消失ではない。
死でもない。
リエルはただ、
望んだ形で、そこに「還る」ことを選んだだけだ。




