(3)引かない理由
――龍神殿・会議室
龍神殿の会議室は、いつも静かだった。
声を荒げる者はいない。
結論は、決まる前から分かっていることが多いからだ。
「……じゃあ、現地を見てくるね」
リエルは、いつも通りの声で言った。
軽い調子で、まるで散歩にでも出るように。
止める言葉は、出なかった。
出せなかった、が正しい。
リエルは椅子から立ち上がり、少しだけ身体を揺らす。
その仕草に、青藍がすぐ反応した。
リエルは、迷いなく手を伸ばす。
向かった先は、ルミナスではない。
青藍だった。
「お願い」
短い一言。
それだけで十分だった。
青藍は何も言わず、リエルの身体を受け止める。
抱き上げる動作は慣れていて、ためらいがない。
神を扱う手つきではなく、
壊れやすいものを扱うようでもなく、
ただ――日常の延長だった。
リエルは彼の腕の中で、少しだけ姿勢を整える。
無邪気に、楽しそうに笑った。
「いってきまーす」
その声は、明るすぎるほど明るかった。
扉が開き、閉じる。
青藍はリエルを抱いたまま、会議室を後にする。
振り返らない。
残された空間に、沈黙が落ちた。
ルミナスは、その一部始終を見ていた。
呼ばれなかったことに、驚きはなかった。
彼女が誰に身体を預けるか――
それを決めるのは、いつだってリエル自身だ。
青藍の腕は安定していた。
支えることに、意味を見出している動きだった。
ルミナスは、視線を伏せる。
そこに怒りはない。
嫉妬も、ほとんどない。
ただ、静かな理解があった。
削れる役割を、もう分けてしまったのか。
――ああ、違う。
分けたのではない。
彼女は最初から、誰にも渡す気がない。
削ることも、失うことも、
すべて――私のために、自分の中で完結させている。
青藍の視線は、危険ではない。
異常でもない。
奪おうとすらしていない。
だからこそ、リエルは拒まない。
だからこそ、自分は――止められない。
眷属たちは、誰も言葉を発しなかった。
彼らは知っている。
かつて、リエルが
美しい龍鱗を持ち、空を登る龍だったことを。
今、彼女の背に翼はない。
それでも、誰もそれを口にしない。
青藍が去った後の会議室で、
違和感だけが、ゆっくりと沈殿していく。
誰もが思っている。
けれど、誰も言えない。
――なぜ、止まらない。
――なぜ、止められない。
――なぜ、あれが“日常”なのか。
ルミナスは、閉じた扉を見つめたまま、動かなかった。
リエルは、きっとこう思っている。
まだ手も足もある。
まだ、見つめる目がある。
だから、大丈夫だと。
その軽さが、
この世界で一番、重いことを――
彼だけが、知っていた。




