(1)尊さ供給に忙しい日常
(主視点:リエル)
朝は、光がいちばん綺麗な時間から始まる。
なぜなら――
「ルミナス様が、存在しているから♡」
リエルは胸の前で両手を組み、今日も真顔で頷いた。
今日も尊い。
昨日より尊い。
比較は不可能だが、更新され続ける尊さというものは存在する。
世界は今日も平和だ。
理由は簡単。
ルミナス様が、呼吸している。
「はぁ……浄化される……」
リエルは窓辺で深呼吸をする。
空気が澄んでいるのは、天候のせいではない。
彼の存在が、世界のノイズを削いでいるのだと本気で信じている。
朝のルーティンは決まっている。
・身支度
・今日の差し入れチェック
・双眼鏡の調整
・心の準備(重要)
「今日の差し入れは……ん、装飾品は昨日渡したし……」
小さな箱を覗き込み、リエルは悩む。
手作りのお菓子。
昨日も渡した。
一昨日も。
その前も。
「……でも、甘いものは別腹だよね?」
別腹なのは誰なのか、という疑問は一瞬で消える。
尊さの前では、理屈は不要だ。
ルミナス様は今日も忙しい。
祈りを受け、話を聞き、判断を下す。
その一挙一動が、すでに神話級なのだが、本人にその自覚はない。
「尊い……尊すぎて罪……」
物陰から、そっと見守る。
距離は保っている。
ちゃんと。
三歩以上は近づかない。
(昨日は二歩半だったが、誤差だ)
メモ帳にペンを走らせる。
〈本日の尊ポイント〉
・眉をわずかに寄せた
・ため息が優しい
・視線が真っ直ぐ
三点だけで、今日一日を生きる理由としては十分だった。
――ふと、胸の奥がちくりとする。
気にするほどではない。
最近、たまにある感覚だ。
「……ま、今は手足もあるし」
リエルは軽く肩をすくめた。
鏡に映る自分の姿を一瞬だけ見て、すぐに目を逸らす。
欠けている鱗の数など、数えたことはない。
数える必要も、意味もない。
大事なのは、ルミナス様が今日も綺麗であること。
それだけだ。
昼下がり。
眷属たちが集まる場所を通り過ぎると、何やら視線を感じた。
「……また始まったな」 「今日で何日目だ?」
ひそひそ声。
リエルは気づかないふりをして、にこやかに手を振る。
「大丈夫よ。世界は順調♪」
その言葉に、誰も即答しない。
一瞬の沈黙。
だがリエルは気にしない。
なぜなら、ルミナス様が、今日も存在しているから。
夕暮れ。
煉獄の方角に、自然と視線が向く。
理由は、分からない。
ただ――
「今日も、頑張ってるんだよね」
そう言って、微笑む。
誰に向けた言葉か、自分でも分からないまま。
世界は今日も回っている。
少しだけ軋みながら。
少しだけ、見ないふりをされながら。
それでも。
「明日も、尊い日になるなぁ」
リエルは心から、そう思っていた。




