表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第6章|一億という呪い
22/31

(1)眷属になってからの日常

主視点:紫苑


紫苑が再び目を開いたとき、

そこにあったのは――世界だった。

土の匂い。

人の声。

風の重さ。

死んだはずの身体は、確かに“ある”形をしていた。

人と同じ姿で、けれど人ではないものとして。


「動ける?」

そう声をかけてきたのは、リエルだった。

あの境界で会ったときと同じ、少し気の抜けた調子で。

「……ええ」

返事をしてから、紫苑は気づいた。

声が震えていない。

恐怖も、混乱も、

不思議なほど遠かった。


「よし。じゃあまずは――」

リエルは指を折りながら言った。

「身分、仕事、居場所。

世界で生きるには、この三つが要る」


その言い方は、神のそれではない。

どこか、世話焼きな年上の少女のようだった。

こうして紫苑は、人間に扮した眷属として

情報ギルドの副ギルドマスターになった。

表向きのギルドマスターはリエル。


ただし彼女は――


「今日はルミナス様が神殿にいらっしゃるらしくて……!」


バタバタと騒がしくそう言い残して、うちわとペンライトを片手に

朝から晩まで姿を消すことも珍しくなかった。


紫苑は、慣れた。


書類を整理し、依頼を精査する、人の話を聞き、嘘と真実を仕分ける。

不思議なことに、その日々は――

生前より、ずっと穏やかだった。


誰かに命を差し出すこともない。

数として扱われることもない。

名前を呼ばれ、意見を聞かれ、

「ありがとう」と言われる。


人に扮しているだけのはずなのに、

そこには、生前にはなかった

人としての喜びがあった。


失敗もした。

怒られもした。

それでも、次の日はまた来た。


紫苑は学んだ。

世界は、守るだけのものではない。

関わることで、変わるのだと。




やがてリエルは、

本格的に“神”としての道を選び、

陽の光を受けて、龍鱗がキラキラと反射しながら

天界へと登っていった。



別れは、あっけなかった。


「留守、お願いね~!」


それだけ言って

振り返りもせずに。

紫苑は、その背を見送った。




――そして気づく。

日常は、ほとんど変わらなかった。


朝は来て、

仕事は溜まり、

人は悩み、

世界は動き続ける。

違うのはただひとつ。


紫苑の中に、

少しずつ“重さ”が溜まり始めていること。

それが何なのか、

この時はまだ、言葉にできなかった。


ただ――

生きている、という実感だけは、確かだった。

この日々が、

やがて「一億」という数字に形を変えることを、

紫苑は、まだ知らなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ