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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第6章|一億という呪い
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閑話V|紫苑の「人間だった頃」

紫苑は、不遇の時代に生まれた。

生き延びるために誰かが切り捨てられ、

守るために誰かが差し出される――

そんな選択が、日常の延長として繰り返される世界だった。


彼女は早くから理解していた。

愛するものを生かすには、願うだけでは足りない。

何かを差し出す覚悟が必要なのだと。


村には、守りたいものがあった。

子供たちの眠る顔。

疲れ切った大人たちの、それでも灯を消さない眼差し。

失えば、二度と戻らない日常。


だから紫苑は、自分で決めた。

誰かに選ばれる前に、自分が選ぶと。


生贄になることは、諦めではなかった。

それは、奪われ続ける世界に対する、彼女なりの抵抗だった。


儀式は淡々と進み、

祈りは形だけの言葉として空に消えた。


痛みは、短かった。


そして――

紫苑は、死んだ。


世界はそこで終わったはずだった。


人としての時間も、名前も、役割も。

だが、終わりきらなかったものがあった。




意識が戻ったとき、

そこには光も闇もなかった。


身体の感覚はなく

重さも、温度も、輪郭も曖昧で

それでも「自分がある」ことだけは、はっきりしていた。


――ああ、死んだんだ。

そう理解した、その時。


「……やっぱり、来てた」


声がした。


振り向く、という動作すら必要のない場所で、

紫苑は“彼女”を見た。

特別な装いはしていない。

神官の服でも、神の象徴でもない。

どこにでもいそうな、少し変わった雰囲気の――普通の女の子。


ただ、その存在だけが、妙に“確か”だった。


「ここ、静かでしょ」


少女は、場違いなくらい気軽に言った。


「死んだ後って、だいたいみんな驚くんだけど。あなた、案外落ち着いてるわね」


紫苑は答えなかった。

言葉にする理由が、もうなかったからだ。


少女は気にした様子もなく、続ける。

「私はね、助けに来たわけじゃない」

その言葉は、はっきりしていた。


「あなたはもう、一度ちゃんと死んだ。

 それは、誰にも取り消せない」

紫苑は、静かにうなずいた。


「でも」


少女は、少しだけ真剣な顔になった。


「このまま終わるか、

 別の形で“続く”かを選ぶ余地は、まだ残ってる」


それは、救いの言葉ではなかった。

祈りでも、奇跡でもない。

――選択肢だった。


「生き直す、って言うと語弊があるけどね」

少女は苦笑する。


「人間には戻れない。

 代わりに、世界の歪みを引き受ける存在になる」


「……それは」

紫苑は、ようやく声を出した。

「罰、ですか?」


「違う」

即答だった。

「役割」

少女は言った。


「あなたが、もう一度“選ぶ”なら。

 命は返す。

 その代わり、あなたは“数えられる死”を引き受ける」

重い言葉だった。

けれど、紫苑の中に迷いはなかった。

生きていた時と同じだ。

誰かのために、選ぶ。

それしか、知らなかった。

「……それでも、構いません」


少女は、ほっとしたように息を吐いた。

「よかった……」

そして、ぽろりと本音が零れる。

「これでルミナス様に、ちゃんと報告できる……」

「……?」


「あ、いや! 今のは気にしないで!」

後に世界は彼女をこう呼ぶ。

最後の龍神、リエルと。


だがこの時の彼女は、

神官ルミナスを敬愛しすぎて一日中影から眺めている、そんな

少し残念な“オタク気質の少女”だった。


「じゃあ、契約成立っ」


リエルが指を鳴らすと

境界が、揺れた。


紫苑の魂は、形を与えられ、

新たな命を宿し、

龍人として世界へ戻される。


変身する力。

そして、命。を与えられる


それは救いではない。

役割を与えられたという、事実だった。


「選んだね」

リエルは、そう言った。


紫苑は答えなかった。

ただ、その言葉を受け止めた。

彼女は選ばれたのではない。

選んでしまったのだ。


その選択が、

やがて「一億という呪い」へと姿を変えることを、

この時の紫苑は、まだ知らなかった。


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