(5)変わらない時間
それからというもの
街道へ出ることは、すっかり日常になっていた。
ベラトリスが外へ行こうと言い、 理永がそれに付き合い、 森を抜ける。
そして――
木陰。 あの場所に行けば、彼がいる。
「……」
特別なことではない。 約束もしていない。 理由もない。
けれど、 そこにいることは、もう自然だった。
「居たわねっ」
ベラトリスが声をかける。
由良が顔を上げる。
「ええ」
わずかに目を細める。
「今日も来たんですね」
理永は少し離れた場所で立ち止まり、 そのやり取りを聞いていた。
(……いつも通り)
それだけのはずだった。
三人で過ごす時間は、 特別なことは何もなかった。
旅の話。 街の話。 本の話。
どれも、ただの会話だった。
「南の市場は賑やかですよ」
「香辛料が多いって言ってたわね」
「ええ。匂いで分かるほどに」
ベラトリスが笑う。
「理永、好きそうじゃない?」
「……どうかしら」
そう答えながら、 理永は少しだけ考える。
(資料としては興味があるけど)
言葉にはしなかった。
「本もあるそうです」
由良が続ける。
理永はわずかに視線を上げた。
「本?」
「旅人が持ち込むことがあると聞きました」
「……」
ほんの少しだけ、間があった。
「面白そうね」
自然に言葉が出る。
(……まただわ)
理永は内心で思う。
——考えるより先に、口にしている。
ほんの少しだけ。
自分でも気づかないほどに、
その先を聞きたいと思っていることに、
まだ気づいていなかった。
気づけば。
三人で話している。
ベラトリスが笑い、 由良がそれに応じ、 理永が言葉を挟む。
誰かが主導するわけでもなく、流れのままに会話は続いていく。
ベラトリスと話す時とは違う、
少しだけ静かな流れ。
言葉を選ばなくても、
途切れずに続いていく感覚があった。
風が吹く。 木々が揺れる。 街道には人が行き交う。
変わらない景色。
「……」
理永はふと、思う。
静かで穏やかな時間だ、と。
騒がしいはずの場所なのに、 ここにいると、どこか落ち着く。
理由は分からない。
ただ――
余計なものが、ない。
言葉を探さなくていい。
考えすぎなくていい。
それだけで、
こんなに楽になるのかと、
ほんの少しだけ思った。
「ねえ」
ベラトリスが草の上に腰を下ろす。
「こういうの、いいわね」
空を見上げながら言う。
「何が?」
理永が聞く。
「なんていうのかしら」
ベラトリスは少し考えてから、 笑った。
「何もないのに、楽しい感じ」
理永は一瞬だけ黙る。
「……そうね」
否定する理由はなかった。
同じ時間を過ごしているはずなのに、
感じ方が少し違うことに、
理永はまだ名前をつけていなかった。
「また来ましょうよ」
軽い調子で言う。
「どうせ、理永も来るんでしょ?」
「あなたが行くなら」
いつも通りの答え。
ベラトリスは満足そうに笑う。
由良は何も言わなかった。 ただ、静かに二人を見ていた。
「……」
その視線に、理永は一瞬だけ気づく。
けれど、すぐに逸らした。
――少しだけ、気になった気がしたけれど。
気にするほどのことではないと、判断した。
会話は続く。
途切れることはない。 無理に繋ぐこともない。
ただ、自然に続いていく。
「……」
理永はふと、思う。
(いつも通り)
それで十分だった。
この時間は、 特別なものではない。
ただの繰り返し。 ただの習慣。
それだけのはずなのに。
「……」
なぜか。
少しだけ――
心地いいと思った。
その理由を、
まだ考えようとはしなかったけれど。
風が、三人の間を静かに通り抜けていく。
何も変わらない時間。
その時間は、
ゆっくりと積み重なっていく。
その“変わらなさ”の中で――
自分だけが、
少しずつ変わっていることに、
理永はまだ気づいていなかった。




