(1)会議後の廊下
主視点:陽向と朝日
会議室の扉が閉まる音は、
思っていたよりも、ずっと小さかった。
「……終わったの?」
朝日が、小さな声で聞いた。
陽向はすぐに答えられず、
廊下の奥を見つめたまま、首を横に振る。
「終わった、っていうより……」
言葉を探して、やめる。
何をどう言えばいいのか、分からなかった。
大人たちは、みんな同じ顔をしていた。
怒っているわけでも、泣いているわけでもない。
でも——どこか、壊れそうな静けさ。
父、橙生は少し遅れて廊下に出てきた。
いつもの父の歩き方だった。
いつもの声で、
「先に戻っていなさい」と言った。
それだけなのに、
胸の奥が、きゅっと縮む。
「……ねえ」
朝日が、袖を引く。
「誰か、戻ってこない人、いる?」
陽向は、息を飲んだ。
理由は分からない。
数字も、名前も、
何が決まったのかさえ知らない。
それでも。
“戻れない”という言葉だけが、
なぜか、はっきり浮かんだ。
「……分からない」
正直に言うと、
朝日は少しだけ安心した顔をした。
それが、余計につらい。
分からないから、怖い。
分からないから、
大人たちの様子がおかしい理由を、
想像してしまう。
廊下の空気は、重かった。
足音が遠ざかっても、
その重さだけが、残っている。
「聞いちゃ、だめだったのかな」
ぽつりと、朝日が言う。
「聞いてないよ」
陽向はそう返しながら、
“聞いてしまった何か”があることを、
否定できなかった。
大人たちは、何も教えてくれない。
でも、隠そうとしていることだけは、
伝わってしまった。
それが、
子供にとって一番、不安な形だ。
「……知りたいな」
朝日の声は、弱々しかった。
「知らなくてもいいこと、
たくさんあるって言われるけどさ」
陽向は、ゆっくりと頷く。
「でも、知らないまま置いていかれるのは、
ちょっと、いやだよね」
二人は並んで、廊下を歩き出す。
父の背中を追いかけながら。
まだ、何も分からない。
それでも——
知ろうとしてしまったことだけは、
もう、取り消せなかった。
廊下には、
大人たちが置いていった沈黙と、
子供たちが拾ってしまった不安だけが、
静かに残っていた。




